賃貸相談

月刊不動産2002年7月号掲載

賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(2)の3

弁護士 瀬川 徹()


Q

ビルの事務所の賃貸借の仲介の依頼を貸主から受けて借主の募集を行い、契約期間が2年、賃料月額100万円、保証金1200万円の条件で賃貸借契約を締結させ、無事、借主の利用が開始しました。ところが、契約開始後6ヶ月経過したところで、元々ビルに設定されていた抵当権に基づく競売申し立てがされ、差押登記がされました。それから1年後に競落されビルの所有者変わってしまいました。借主は、このまま事務所を利用できるのでしょうか?又、借主が元の所有者に差し入れていた保証金はどうなるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  本件の借主の場合は、貸借権が競売による差押登記以前に設定された短期賃貸借ですので、たとえビルの所有者が交代しても、残契約期間だけは、貸借権を対抗できますので利用の継続が可能です。しかし、期間満了時に契約更新の問題が生じたとき、新所有者は更新を拒否し契約終了による明け渡しを求めることができますので、その場合には利用の継続が不可能になります。又、本件のように貸借権が残期間対抗できる場合でも、保証金の返還を求めることが出来るのは、敷金と異なり原則として保証金を差し入れた旧所有者に対してであり、例外として、保証金の一部が敷金と同じように考えられる場合には、その限度で返還義務の一部が新所有者に引き継がれ、新所有者に返還請求が出来る場合があります。

    「問題点と知識の確認」

    1.差押登記後の賃貸借契約並びに敷金返還請求権

    (1) 抵当権に基づく競売開始決定に基づく差押え登記後にその建物の所有者が行った賃貸借は、抵当権者及びその後の競売による競落の結果の新所有者に一切対抗できないこと、及び、敷金返還義務が新所有者に引き継がれないことは前回のQ&A(2)の1で述べたとおりです。
    2.差押登記前の賃貸借契約と敷金返還請求権

    (1) 抵当権設定登記前の賃貸借契約

     建物に抵当権が設定される前に賃貸借契約がされ、貸借権の対抗要件(登記、引渡)を備えたものは、その期間の長短に係わらず抵当権に対抗できますので、仮にその後当該建物が抵当権に基づき競売され新所有者が生じても、その者に貸借権を主張できること、また、新所有者に敷金返還義務が引き継がれるので、契約終了を行う場合、新所有者から返還を受けることは、前回のQ&A(2)の2で説明しました。

    (2) 抵当権設定登記後で、差押登記(競売開始決定)前に行われた賃貸借契約建物の賃貸借期間が3年を越えるもの(長期賃貸借)と越えないもの(短期賃貸借)とに区別し、長期賃貸借の場合は、競落による親所有者に対し対抗できないこと、従って、新所有者から明け渡しを求められれば、それに応じざるを得ず、元の貸主に差し入れた敷金の返還義務は、新所有者に引き継がれない。一方、短期賃貸借の場合は、差押並びに競落の時期如何により、残存契約期間が対抗できる場合とできない場合が生じ、その結果如何により敷金の返還義務が新所有者に引き継がれるか否かの違いが生じることも前回のQ&A(2)の2で説明しました。

    3.保証金返還義務の承継の有無

     賃貸借家屋が抵当権に基づく競売により競落された結果敷金の返還義務が旧所有者から新所有者に引き継がれるか否かは、前回までの説明で明らかと思われますが、結局、貸借権が新所有者に対抗できるか否かになります。
     しかし、本件のような保証金の返還義務の場合には、敷金と同じではないとされています。それは、保証金の性質が、様々なものがあり敷金とは性質が異にすると考えられているからです。敷金は、貸借人の賃料債権等を担保するために貸借人に支払われる金銭で、将来契約終了の場合に(もし、貸借人に債務不履行があればその金額を控除して)貸借人に払い戻されることが約定されたものといわれています。
     保証金は、借主から貸主に預託された以降、賃貸借契約上の借主の一切の債務の履行の担保になるという機能上敷金と似た働きをすることは事実ですが、預託した目的は、様々で、賃貸借建物の建設協力金やその他の金銭消費貸借契約上の貸金的な性質のもの、権利金の性質を持つものから、敷金と異ならない名目上の違いだけのものもあります。預託される金額も様々で、月額賃料の数ヶ月分から十数ヶ月分にもわたる高額なものまであります。通常の敷金が賃料月額の数ヶ月分程度であることと比較すれば、違いが明らかです。そのため、保証金は、敷金と異なり、原則的に旧貸主と借主との関係で返還問題を考え当然には新貸主に承継されず(最判昭51・3・4)、例外として保証金の一部が敷金と同視できるとされた限度で敷金として扱い一部の返還義務の承継を新貸主に認める判決例もあります(東高平6・12・26)。

    4.仲介者の調査説明義務

     仲介者は、仲介契約上の義務ならびに宅地建物取引業法上の義務として、賃貸借建物に抵当権の設定がされているか、また、差押がされているか、既に差押がされている場合、差押時期と賃貸借契約との関係でどこまで対抗できるか、敷金ならびに保証金の返還義務はどのようになるか等につき調査確認のうえ説明する必要があるでしょう。
    「予防と検討」

    1.賃貸借契約の対象である建物に抵当権が設定され、その後に賃貸借がされると前述したような複雑な問題に発展しかねません。その賃貸借が無事契約期間を全うさせるためにも、賃貸借契約と抵当権との対抗関係を確認し、契約期間に注意する必要があります。近時、郊外に長期契約(15~20年)のレストランや量販店の店舗賃貸借契約が多く見受けられますが、建築した店舗とその建物への抵当権の設定並びに賃貸借(引渡し)の時期については、十分に検討して行ってください。

    2.また、賃貸借契約にあたり借主が貸主に差し入れる敷金や保証金についても、その差し入れ目的ならびに額を確認し、契約書上も明確に意識するようにしてください。

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