賃貸相談

月刊不動産2002年5月号掲載

賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(2)の1

弁護士 瀬川 徹()


Q

建物の賃貸借の仲介の依頼を貸主から受けて借主の募集を行おうとしております。建物の登記簿謄本を取ってみたら直前に抵当権者である金融機関から競売申し立てに基づく差押の登記がされている事実が判明しました。そもそも賃貸借を行ってもよいのでしょうか?又、こうした状況の場合、契約関係はどのようになり、仲介業者として借主にどのような説明が必要なのでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  賃貸借の対象建物が、それに設定されている抵当権に基づく競売申し立てにより差押登記がされている場合、その差押登記後にその建物を貸借した者の貸借権は、競売によりその建物を取得した新所有者に対抗できなくなりますので、賃貸借期間の途中でも明け渡しを求められる可能性が高く、そのほか、解説で述べる様々な問題が生じます。そのことを借主に十分説明して納得の上であれば賃貸借契約を行うことも可能でしょうが、それが十分でない場合には貸主とともに、仲介者も責任を生じる可能性がありますので慎重な対応が必要となるでしょう。

    「問題点と知識の確認」

    1. 差押登記とその後の賃貸借契約並びに敷金返還請求権

    (1) 抵当権に基づく競売開始決定が裁判所でされますと職権で当該建物に差押登記がされます。その差押の効果は、その建物の所有者に対し関係的処分禁止の効果を生じさせます。つまり、差押後にその建物の所有者が行った売買、担保設定、賃貸借などのあらゆる処分行為は、抵当権者及びその後の競売による競落の結果の新所有者に一切対抗できないことになります。

    (2) その結果、その差押登記後に行われた建物賃貸借契約は、競落がされるまでは、契約の継続が可能かもしれませんが、競落により所有者が交代すると、その新所有者に対しては、貸借権を対抗できず、貸借人は、期間の途中で明け渡しを求められれば明け渡しに応じなければなりません。この場合、賃貸借契約が短期賃貸借(建物の場合3年以内の契約期間)であるか否かによる違いはありません。

    (3) こうした状態は、元の所有者である本来の貸主との賃貸借契約における借主の債務不履行(履行不能)であり、借主としては損害賠償請求を行うことができますが、競売で建物を失った元の貸主に支払い能力が残っていることはほとんど考えられず回収することは困難でしょう。同様に、借主が元の貸主に差し入れていた敷金などの返還請求権も同様に考えられます。(本件の場合、競売による新所有者に敷金返還義務は引き継がれません)。
    2. 仲介者の説明義務
     仲介者は、借主との関係で次のような法的立場にいます。仲介(媒介)契約を締結していれば、その契約の義務として、かかる抵当権の存在並びに差押の有無を調査確認し、賃貸借の履行に支障が無いか否かを確認報告すべき債務を負担しております。これを怠れば、債務不履行として損害賠償責任を負担することになります。また、仲介契約の有無にかかわらず、仲介者は、宅地建物取引業者として宅地建物取引業法第35条の重要事項説明義務や第47条1項の重要な事実の告知義務を負担しております。賃貸借の対象建物に抵当権が存在するか並びに差押の登記がされているか否かの事実は、これらの義務の対象になりますので、必要な調査確認ならびに説明が必要でしょう。これを怠れば、前期業法上の処分を受けるだけでなく、貸主と連帯して損害賠償責任(不法行為など)を負担させられます。これらの損害賠償責任の範囲は、旧貸主から返還を受けられない敷金や契約期間満了間に明け渡しを求められたことに伴い借主に生じる損害などが予想され莫大なものになります。

    「予防と検討」

    1. 賃貸借契約の対象である建物は、抵当権の設定が費用に多く見られ、その後に賃貸借がされると前述したような複雑な問題に発展しかねません。しかも、損害賠償の範囲が相当程度の多額になると関係者の負担は、相当なものになります。特に、旧貸主に損害賠償能力が無い場合、その負担は仲介業者にかかってきます。それだけ、こうした事実の理解そして、それに基づく借主に対する説明が重要になります。

    2. これらの調査は、貸主本人に確認しただけでは判明しません。必ず、賃貸借契約の締結直前の新しい建物の登記後藤本を取り寄せ、抵当権の設定事実並びに差押の有無の事実を確認してください。この調査並びに報告は、単に最初の契約締結の段階だけではありません。契約更新時にも行う必要があります。

    3. もし、賃貸借の途中で明け渡しを求められる可能性が存在する場合には、契約締結(及び契約更新)時に借主に明らかにして、それでも借主がなお契約(更新)をするとの意向を示す場合には、そうした危険の説明を受けたので、万一契約途中で明け渡しとなっても貸主等に対し損害請求は行わないことを明確にしておくことが必要でしょう。

    4. なお、賃貸建物が競売となる状況は、今回の質問のように差押後の賃貸借の場合だけとは限りません。差押登記前に賃貸借契約を行っていながら、その継続中、又は、更新後に競売開始決定がされる場合も多く見られます。そうした場合にどのような問題が生じるかについては、次回の「Q&A」において詳細にお答えします。楽しみにしてください。

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