賃貸相談

月刊不動産2008年6月号掲載

賃貸事業用建物の使用細則

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社は賃貸ビル事業を営んでいます。ビルの細かな使用方法に関する定めは契約書に記載しておかなくとも、使用細則等に定めておけば、テナントに対してその有効性を主張できるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. ビルの使用細則

    (1) 賃貸借契約における使用方法の定め

     民法では、 「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない」と定めています (民法616条、594条1項) 。

     したがって、建物賃貸借契約においても、建物の用法の根幹となるべき重要な事項、例えば建物の使用目的が何であるかなどという事項については、賃貸借契約書自体の条項として定めておくべきであると思われます。契約書に賃貸借の目的自体が記載されていない場合には、たとえ覚書や使用規則等に記載があっても、賃借人から「目的が定められていることは知らなかった」と弁解されることがあり、使用目的違反の責任を追及する際に無益な紛争を招きかねないからです。

     これに対し、賃貸建物の使用方法に関する細かい定めについても契約書の条項自体に記載すべきか否かは別途の判断が必要です。

    (2) 使用方法に関する細目

     賃貸建物の使用方法に関する細かい定めとは、例えば、①出入口の開閉、②共用部分の使用方法、③冷暖房、給湯施設の運転時間、④清掃、塵芥じんかい等の処理方法、⑤設備の新設、変更、除去等の方法、⑥防災上の遵守事項、⑦禁止事項 (危険物の搬入・宿泊・他のテナントへの迷惑行為等々)などの諸事項です。

     これらの事項についても賃借人に遵守義務を負わせるという観点からすれば、賃貸借契約書に逐一記載しておくことも考えられないわけではありません。

     しかし、賃貸建物についての細かい内容については1つには、すべて賃貸借契約書の条項自体として記載すると賃貸借契約書がかなり複雑になり、煩雑となること、2つ目には、上記のような使用方法に関する細目に属する事項は、すべての賃借人に共通であるほうが好ましい場合が多いことなどの事情から、一般には「○○ビル使用細則」 、 「○○ビル使用規則」を定め、これを賃貸借契約書に添付するケースが多くなっています。

    2. ビルの使用細則の拘束力

     使用方法に関する細目を賃貸借契約書の条項自体に定めずに、別途の使用規則ないしは使用細則として契約書に添付する方法を取った場合に問題となるのは、賃借人から、「賃貸借契約書は契約内容が書いてあるのできちんと読んだが、使用細則までは目を通していなかったので、合意の内容となっていないはずだ」と言われる場合です。

     このように契約書以外の添付文書ではありますが、契約の相手方がその内容を認識していないという場合に、当該添付文書の効力が認められるかという問題については、文書の法律的性質により結論が異なるものと考えられています。

    (1) 普通取引約款の場合

     普通取引約款とは、 一定の契約類型において、 予 あらかじめ詳細な契約条件を定め、契約の相手方に対して一律に当該契約条件での契約締結を求める場合の予め定められた契約条件のことをいいます。銀行取引約款や保険約款、運送約款などが代表的な例です。 普通取引約款は大量に同種の取引が存在することを予定して、予め契約条件を一定にする必要性から定められたものです。

     判例はこれらの代表的な普通取引約款については、契約の相手方がその約款の内容を知らなかったり、あるいは、契約書にはその約款を用いることが明示されていなかった場合であっても、約款の内容が契約の内容となることを認めています。

    (2) 建物賃貸借契約の使用細則の場合

     使用細則を一種の普通取引約款であると解することができるかについては、これを肯定する見解もありますが、建物賃貸借の使用細則は、前記の銀行取引約款などのように大量の取引が前提となるわけではありませんし、その内容も当該市場における画一的な内容となっているとまではいえないように思われます。

     したがって、 使用細則を用いる場合には、 賃貸借契約書の条項に、 別紙の使用細則を遵守しなければならないとする使用細則遵守義務と重要な項目について個別に契約書に記載しておくことが必要と考えられます。

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