法律相談

月刊不動産2018年9月号掲載

賃貸事業のための建物建築請負契約における説明義務

渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)


Q

 私が駐車場として貸していた土地に、賃貸住宅を建てる事業を建設会社から提案され、多額の借り入れを行って賃貸事業を始めました。しかし事業開始後、シミュレーションよりもはるかに多額の修繕費用がかかることがわかり、やむなく土地と建物を売却しました。建設会社に対して、損害賠償請求をすることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.損害賠償請求できる

     修繕費用のシミュレーションに誤りがあり、不正確な説明によって的確な判断ができないまま請負契約を締結して賃貸事業を実施し、そのために損害を被ったのであれば、損害賠償請求をすることができます。

     ご質問のケースと類似の事案が問題となった裁判例として、東京地裁平成28年10月14日判決(ウエストロー・ジャパン)があります。

     

  • 2.東京地裁平成28年10月14日判決

    (1)事案の概要

     ① Xは、大分県大分市内で、847㎡の土地を所有し、これを駐車場として貸していた。

     Yは建設会社であり、賃貸住宅を建設した後の賃貸管理の事業も行っている。Xに対して、土地の上に賃貸住宅を建設する提案を行い、建設後の収支計算のシミュレーションを示してXに説明を行ったところ、Xがこれを了解し、XとYは、平成9年10月16日、請負契約を契約した。建物施工床面積は2,310㎡、請負金額は3億4,083万円でった。Xは、請負代金支払いのため、銀行から3億6,000万円の借り入れをした。なお、YがXに事業を提案するにあたってのシミュレーションでは、建築後11年目以降に必要となる修繕費用について、一般的に想定される金額よりもはるかに少ない金額しか計上されていなかった。

     建物は平成12年3月に完成し、XとYは、完成後の建物の管理委託契約を締結した。

     ② 建物完成後、賃貸住宅として賃貸を始めたが、実際にXが取得する賃料は予想を下回り、かつ、将来的に多額の修繕費用を必要とすることが判明したために、Xは不安を感じて賃貸経営を断念して、平成23年4月20日、土地と建物を代金2億4,500万円で売却した。 ③Xは、Yから誤った説明を受け、そのために、銀行から借り入れを行い、建物を建築して事業を行うことになって損害を受けたとして、Yに対して説明義務違反による損害賠償を請求した。裁判所はYが不正確な説明を行ったことを認め、説明義務違反による損害賠償を肯定した。

    (2)裁判所の判断

     判決では、Yの示した修繕費用の見通しが不十分だったことについて、「提案書では、40年間のシミュレーションが行われているが、11年目から40年目にかけても、年間32万5,000円の修繕費のみを計上しているところ、実際に必要となりうる修繕費との乖離は著しいものといわざるを得ない」として、修繕費の見積もりの不十分さを指摘した上で、「いかなる程度の修繕費用の支出が見込まれるかは、3億6,000万円ものローン債務を負担した上で、大規模建物を建築し、これに係る賃貸事業を開始すべきかを検討していたXにとって、重要な事項であったというべきである。そして、Xは、賃貸事業を実施しなくても、建物の敷地部分に係る駐車場経営による年間約500万円の収益を得ていたところ、その経営に係る負担は、大規模建物の建築及び管理に伴う負担に比して相当程度軽度であることがうかがわれるところ、Yから修繕費について正確な説明がなされていた場合は、多額のローン債務を負担してまで賃貸事業を実施するとの選択に至らなかった可能性が高い」と述べ、Yには、請負契約の勧誘や説明に際し、Xに対し、契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう正確な情報を提供した上で、適切な説明を行うべき信義則上の義務があったとして、Yの説明義務違反を肯定しました。

     損害額は、借入れ額(3億6,000万円)から、事業開始後建物を売却するまでの約11年2カ月間に返済したローン元本(1億602万3,240円)、従前の駐車場経営を継続した場合と比べてより多く得た収入分(2,978万4,348円)、および土地建物の売却代金のうち、建物の売却代金部分(1億7,115万円)を控除し、5,304万2,412円とされています(なお、この判決は控訴されている)。

  • 3.まとめ

     賃貸住宅のサブリース契約やシェアハウスへの投資に関して、土地建物の所有者や投資家が、当初予定された収入を得られずに損失を被ったとして、賃貸住宅の事業者等が責任を問われる例が相次いでおり、社会問題の様相を呈しています(図表)。

     不動産業者は、賃貸事業について、責任を負うべき立場にある専門家の1人です。ここで紹介した裁判例は、建築計画時の修繕計画についての誤った説明が問われたケースであって、直接には建築請負契約に関する法律問題ではありますが、不動産事業に携わるみなさまにおいても、十分にその内容を理解しておくべき重要な内容を含む事案だと思われます。

     

  • Point

    • 賃貸住宅事業を行うための建築の請負契約では、建設会社において、発注者(土地所有者)と建設会社の双方の属性や利益状況を踏まえた上で、勧誘や説明に際し、発注者(土地所有者)が契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう正確な情報を提供し、適切な説明を行うべき信義則上の義務が生じる場合がある。
    • 建物の修繕費用の支出がどのように見込まれるかは、多額のローン債務を負担した上で、大規模建物を建築し、これに係る賃貸事業を開始すべきかを検討する発注者(土地所有者)にとって、重要な事項である。
    • 建物の修繕費用について、建設会社が不正確な説明をすることによって発注者(土地所有者)に損害を与えた場合には、建設会社は、不正確な説明によって生じた損害を賠償する義務を負う。
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