賃貸相談

月刊不動産2012年7月号掲載

賃借人の交替と賃貸借契約の解除の可否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

居住者夫婦が離婚して賃借人である夫の方が貸室を出て行き、契約当事者ではない妻の方がそのまま住んでいます。このような場合は借家権の無断譲渡として賃貸借契約を解除できるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃貸アパート等における世帯主の変更

     賃貸アパートや賃貸マンションには、賃貸借契約を締結した賃借人だけではなく、多くは、その妻や子等の家族が一緒に居住しています。居住している者は複数であっても、賃貸人との賃貸借契約は、家族の中の世帯主一人が契約しているのが通常です。

     このような場合に、世帯主が賃貸アパート等には居住しなくなり、残された家族が従前通り居住を継続するという場合があります。例えば、賃借人本人が死亡し、相続が開始して残された家族がそのまま居住を継続するという場合や、賃借人夫婦が離婚して賃貸借契約を締結していた夫の方が貸室を出て行き、契約を締結していない妻が貸室での居住を続けるといった場合です。

     このように、賃貸アパート等では、賃借人世帯の世帯主の交替があり得ますが、賃借人本人である世帯主が死亡や離婚等により貸室に居住しなくなった場合には、残された者の貸室の使用の継続は法的にどのように位置づけられるかということが問題となります。これについては、相続による場合と離婚による場合とでは問題が異なります。

    2.相続による世帯主の交替の場合

     賃借人が死亡した場合、賃借人が生前に有していた借家権ないしは賃貸借契約上の賃借人たる地位は財産的な権利の一つとして、相続の対象財産となります。したがって、賃借人が死亡した場合には、相続法上当然に相続人が借家権ないしは賃貸借契約上の賃借人たる地位を相続します。注意すべきことは、借家権を相続するのは、死亡した賃借人と同居していた相続人だけではないということです。賃借人の相続人は、遠方に居住しており当該貸室に居住することは考え難い相続人を含め、いったんは、相続人全員が借家権ないしは賃貸借契約上の賃借人たる地位を相続します。

     その上で、相続人の遺産分割協議により、いずれかの相続人が借家権ないしは賃貸借契約上の賃借人たる地位を確定的に相続することになります。

     相続による賃借人の地位の変更は、法律上当然に発生するものであり、借家権の譲渡には該当しません。したがって、相続による賃借人の変更の場合には、賃貸人の承諾は不要ですし、法律上は名義書換料も発生しないことになります。

     内縁関係にある事実上の夫婦や事実上の養子については、相続人ではないので、例え被相続人である賃借人と長年にわたり同居していたとしても、借家権を相続することは出来ません。しかし、被相続人である賃借人に相続人がいない場合には、借地借家法第36条の規定により、賃借人としての権利義務を承継することが認められています。

    3.離婚による世帯主の交替

     離婚に伴い、それまで賃借人であった夫が貸室を退去し、残された妻が貸室の居住を続ける場合、離婚した妻は、将来、元夫が死亡した場合でも相続人ではありませんし、法律上は他人ということになります。

     この場合には、相続の場合とは異なり、原則として借家権の譲渡又は賃借建物の転貸が行われたものと解される場合が多いといえます。また、相続の場合とは異なり、離婚した妻が賃借人としての権利義務を承継することができるとする借地借家法の規定はありません。

     裁判例においても、賃借人が貸室を退去し、残された家族が賃借建物の独立の占有者となった場合は、賃借権の譲渡又は賃貸物の転貸とされています(東京地判昭和42年4月24日判例時報488号) 。

     したがって、離婚により賃借人ではなかった妻が独立の占有者となった場合は、原則として、借家権の譲渡等を受けたものと解されることになりますが、その譲渡が背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には賃貸人は賃貸借契約を解除することはできません。

     離婚により賃借人である夫が退去し、残された妻が貸室に継続して居住した場合について、裁判例では、当該妻は、妻として夫の賃借権に基づき家屋に終生居住することができるはずの者であり、賃貸人としては妻のそれまでの居住が夫の賃借権に基づく従属的なものであるにせよ、その居住を承認せざるを得ない者なのであるから、このような立場である者への賃借権の譲渡は、原則として、賃貸人に対する背信性を欠き、その承諾を要せずして有効だと解するのが相当であるとしたものがあり、離婚に伴う賃借人の変更は原則として賃貸人の承諾は不要と解されることになります。

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