賃貸相談
月刊不動産2013年7月号掲載
賃借人が残した家財道具等の処置
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
賃料不払のまま賃借人が退去した後の部屋を確認したところ、机や椅子と複数の絵画類が残されていました。所有権を放棄したものとして廃棄処分にしてもよいでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 賃借人退去後に残された
動産類処理のルール
賃貸借契約の終了に伴い賃借人が退去する際には、通常は、賃貸人と賃借人との間で、借家人が明渡し後に残置した家財道具等の動産類が存する場合には、誰が誰の費用で残置物を処理するかという残置物の処理についてのルールを合意することが多いと思われます。一般的には、賃貸人と賃借人との間で、「残置した動産類が存する場合には、賃借人は当該動産類についての所有権を放棄し、賃貸人がこれを処分することに異議を述べない。」との趣旨の覚書等を取り交わすことが多いようです。
しかし、賃貸人が、賃借人に対し、残置物は一切認めないので、すべての家財道具その他の動産類を撤去して明け渡すよう求めて、残置物が存在した場合のルールを定めていなかった場合や、ご質問のケースのように賃料未払のまま賃借人が退去した場合には、残置物が存在する場合の明確な解決基準が合意されていないことになります。
このような場合に、賃借人が明け渡す際に残置していったということは、即ち、賃借人にとって不要な物であるから残置したのであって、賃借人が残置物については所有権を放棄したものであると判断してもよいのかということが問題となります。
2. 残置物の所有権の帰属
賃借人が残置した物が明らかに塵じんかい芥同然の無価値物であることが明白な場合には、これらは不要品のゆえに賃借人が棄す てていったものであるとの判断も可能になると思います。しかし、ご質問のケースのように、机や椅子や絵画類となると、少なくとも、それらが一見して無価値物であるということは困難です。後日になって、賃借人から一度に転居先に持って行くことができなかったので残置していたが、後日に搬送するつもりであったと言われた場合には返答に窮することになってしまいます。残置物が明らかに無価値であるとはいえないような場合には、賃借人から所有権を放棄したものであるとの意思が表示されていない限りは、残置物の所有権はいまだ賃借人にあると考えておく必要があります。
3. 残置物を直ちに廃棄する場合の問題点
上記のように残置物の所有権はいまだ賃借人にあると考えられる場合に、これらの残置物を直ちに廃棄してしまうと、民事上の責任としては、所有権侵害を理由とする損害賠償義務が発生することが考えられますし、刑事上の責任として器物損壊罪(刑法261 条)等が成立する場合もあり得ます。
したがって、残置物が一見して塵芥同様の無価値物であるとはいえない場合には、直ちに廃棄することは問題がありますので、法的にはそれらを一時的に保管しておくことが必要になります。その上で、賃貸人が退去した賃借人の転居先を知っている場合には速やかに連絡を取り、残置物について退去した賃借人の意向を確認して処理することになります。
退去した賃借人との連絡が取れない場合には、一時的に賃貸人が保管した家財道具等の残置物を処分する手続を行うことになります。
4. 残置された家財道具類を処分する手続
賃借人に家賃の滞納等の賃貸借契約に基づく債務が残存しているときは、賃貸人は、これらの債権を被担保債権として賃借人の動産に先取特権を有するものと定められています。これは「不動産賃貸の先取特権」といわれているものです(民法312 条)。
この先取特権の被担保債権は、賃貸借関係から生じたすべての債権であると解されています。
また、不動産賃貸の先取特権の対象として競売できる動産の範囲は、少なくとも、畳や建具、一切の家具調度品等の建物の利用に関して常置された物が含まれることに異論はありません。
したがって、賃貸人は、未払賃料債権を回収するため、不動産賃貸借の先取特権に基づき賃借人が残置した家財道具類の競売申立てを行うことができます。
競売が行われた場合には、競売代金から家賃の滞納分が賃貸人に配当されることになります。競売代金が手続費用や賃貸人への未払賃料額を超えるときは、その余剰の金銭は退去した賃借人に返還されることになります。退去した賃借人の所在が不明の場合には供託されることになりますので、これで解決が図られることになります。
しかし、こうした手続を取ることは賃貸人にかなりの負担を強いることになります。このために賃借人との間で残置物の所有権放棄の覚書を取り交わす必要があるわけです。