法律相談
月刊不動産2017年9月号掲載
折り込みチラシの記載による消費者契約の取消し
渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)
Q
新聞広告の折り込みチラシに「近くにがけがありますが、建物の建築には全く問題はありません」という記載があったので、売主である不動産会社に土地購入の申込みをしましたが、実際には建物建築には擁壁の設置が必要でした。消費者契約法に基づいて、申込みを取り消すことができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 消費者契約法に基づいて取消し可能
申込みを取り消すことができます。消費者契約法では、勧誘に際して事実と異なることを告げるなどの行為がなされた場合に取消しが可能になると定められているところ、最高裁において、不特定多数の消費者に向けられた働きかけであっても勧誘に当たることがあるとの判断が示されたことから(最判平成29.1.24)、折り込みチラシに不実記載があった場合にも、消費者契約法に基づく取消しが可能です。
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2. 消費者契約法
消費者契約法には、「消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。 一 重要事項について事実と異なることを告げること。当該告げられた内容が事実であるとの誤認」と定められています(同法4条1項1号)。この条項は、事業者の不実告知が、誤認を通じて消費者に真意とはいえない意思表示をさせるものであって、不適切な勧誘行為であると考えられることから、重要事項という要件を課したうえで、民法上の詐欺(民法96条)とは別に消費者に取消しの権利を付与し、もって消費者を保護する定めです。
従来、「勧誘」に関しては、「特定の者に向けた勧誘方法は『勧誘』に含まれるが、不特定多数向けのもの等、客観的にみて特定の消費者に働きかけ、個別の契約締結の意思の形成に直接に影響を与えているとは考えられない場合(例えば、広告、チラシの配布等)は『勧誘』には含まれない(消費者庁企画課編『逐条解説 消費者契約法〔第2版〕』108頁、商事法務)」と理解されていました。
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3.最高裁の判断
ところが、最近、最高裁が、消費者庁をはじめとするこれまでの理解とは異なる解釈を示しました。問題とされたのは、健康食品の小売り販売業者の新聞折り込みチラシの記載です。
最判平成29.1.24は、まず、「法は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み、消費者の利益の擁護を図ること等を目的として(1条)、事業者等が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、重要事項について事実と異なることを告げるなど消費者の意思形成に不当な影響を与える一定の行為をしたことにより、消費者が誤認するなどして消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合には、当該消費者はこれを取り消すことができることとしている(4条1項から3項まで、5条)」として、法の目的と取消しの枠組みを示したうえで、「上記各規定にいう『勧誘』について法に定義規定は置かれていないところ、例えば、事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得るから、事業者等が不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合を上記各規定にいう『勧誘』に当たらないとしてその適用対象から一律に除外することは、上記の法の趣旨目的に照らし相当とはいい難い。
したがって、事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが法12条1項及び2項にいう『勧誘』に当たらないということはできないというべきである」と判断しました。
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4.消費者団体訴訟制度
民法および民事訴訟によれば、事業者との取引において被害を受けた消費者が事業者に対して損害賠償等を請求するには、被害者である消費者が、加害者である事業者を訴えることになります。しかし、訴訟には時間・費用・労力がかかりますから、個々の被害者がそれぞれの少額被害回復を行うことは、見合いません。
そのために、消費者団体訴訟制度が設けられています。消費者団体訴訟制度とは、適格消費者団体(内閣総理大臣の認定を受け、特別の権限を付与された消費者団体)が、消費者に代わって事業者に対して訴訟等をすることができる仕組みです。最判平成29.1.24も、消費者団体訴訟制度が利用された事案でした。
また、消費者団体訴訟制度については、これまで事業者の不当な行為に対する差止請求をすることができるだの制度でしたが、平成28年10月から、消費者の財産的被害を集団的に回復するための被害回復の裁判手続ができるようになっています。被害回復の裁判手続は、次の図表の仕組みとなっています。
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Point
- 消費者は、事業者が契約の勧誘をするに際し、重要事項について事実と異なることを告げられ、その告げられた内容が事実であると誤認して、契約の申込み・承諾の意思表示をしてしまったときは、意思表示を取り消すことができる。
- 最高裁は、事業者による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、勧誘に当たらないということはできないとの判断を示した。
- 平成28年10月から、消費者の財産的被害を集団的に回復するための被害回復の裁判手続が始まった。