賃貸相談
月刊不動産2019年8月号掲載
契約を解除した後も退去しない賃借人への措置
弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)
Q
賃料を6カ月も滞納した賃借人に対し、未払賃料の支払いを催告しましたが、入金がありませんでした。そのため賃貸借契約を解除したのですが、解除後も居座っています。解除後は賃借権を有していないのですから、鍵を付け替え、室内にある物は搬出して退去を強制することも認められると思うのですが、問題があるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
賃借人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を適法に解除すれば、賃借人は賃借権を失うことになります。したがって、賃貸人は賃借人に対し、貸室から退去を求める請求権を有しています。しかし、退去を請求する権利があるからといって、法的な手続きを取ることなく、実力で賃借人を退去させることは、自力救済として違法とされていることに注意する必要があります。鍵の付け替えや、貸室への立入り、残置物の処分等の行為は、民事上の損害賠償の対象となるだけでなく、刑事上も住居侵入罪や窃盗罪等の罪に問われる可能性がありますので、原則として、法的手続きにより明渡し等を実現することが必要になります。賃貸借契約書において、賃貸借が終了した場合には、鍵の付け替え、貸室内への立入り、残置物の搬出・保管・処分をされても異議を述べないという特約があったとしても、原則として、かかる特約は無効ですので、結論に変わりはありません。
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1. 適法な賃貸借契約の解除の法的効果
賃貸借契約が適法に解除されれば、賃借人は賃借建物に対する使用収益の根拠である賃借権を喪失します。したがって、賃借人は賃借建物の占有権原を失うため、賃貸人は賃借人に対し、建物からの明渡しを請求する権利を取得します。
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2. 賃貸人の権利の実現方法
問題は、賃貸人が賃借人に対し明渡請求権を有しているからといって、権利を実現するために、どんな手段を用いても構わないというわけではないということです。
その理由は、わが国が法治国家だからです。法治国家である以上、個人の有する権利の実現も、法律の定める手続きに従って行われる必要があります。仮に権利があるからといって、皆が、それぞれ実力で権利の実現を図るとなると、社会的に大混乱を生じてしまうおそれがあります。そこで、無権利者の行為ではなく、相手方に対して明渡請求権を有している権利者であっても、鍵を付け替えたり、貸室内に入室し、残置物を搬出したりすることを「自力救済」(じりききゅうさい)※といい、違法行為であるとされています。(1)鍵の付け替え行為
賃貸借契約が終了しても、賃借人が事実上貸室を占有していますので、賃貸人が、賃借人に対し、建物明渡しを求めて訴えを提起し、明渡しを命ずる判決を得て、強制執行手続きにおいて執行官が賃借人の占有を解く手続きをするまでは、賃借人の占有は保護されることになります。したがって、その手続きを取ることなく、貸室の鍵を付け替える行為は、刑法上は不動産侵奪罪(刑法235条の2)に該当するおそれがあります。
(2)貸室内への立入り行為
貸室内への立入り行為は、立ち入る必要性が認められない限り、「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物…に侵入し」たものとして住居侵入罪(刑法130条)に該当するおそれがあります。
(3)貸室内に存在する物の搬出行為
賃貸借契約が適法に解除されたとしても、貸室内に存する物の所有権が賃借人にあることに変わりはありません。したがって、賃貸人が賃借人に対し、明渡請求権を有しているからといって、貸室内に存する賃借人が所有権を有している物を、貸室外に持ち出す行為は、「他人の財物を窃取した」ものとして窃盗罪(刑法235条)に該当するおそれがあります。 -
3. 鍵の付け替えや物の搬出等を許容する特約
そこで、賃貸借契約書にあらかじめ、「賃貸借が終了したにもかかわらず、賃借人が占有を継続する場合には、賃貸人は鍵の付け替え、貸室内への入室、室内に存する物を搬出・処分しても賃借人は一切異議を述べない」との特約を設けた場合であれば、契約の効力で、これらの行為は有効に行えると考えることができるでしょうか。しかし、この特約は、自力救済を行うことを許容することを内容とするもので、自力救済は違法とされているため、違法行為を行うことを許容する特約は無効と解されます。したがって、このような特約を設けたからといって、これらの行為が有効になるわけではないため、注意が必要です。