賃貸相談

月刊不動産2013年3月号掲載

借家権の譲渡承諾を拒絶した場合の法律関係

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

テナントのA社から、借家権をB社に譲渡する旨の承諾を要請され、これを拒絶したところ、A社は裁判所に借家権譲渡の許可の申立てをすると言っています。このようなことは可能なのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃借権の譲渡と賃貸人の承諾の要否

     一般に、ビル賃貸借等においては、テナント側の禁止事項として、テナントは賃貸人の承諾を得ない限り賃借権を第三者に譲渡してはならないと定められています。

     このような契約条項がある場合には、契約上、テナントが賃借権を賃貸人に無断で譲渡できないことは当然ですが、賃貸借契約書にこのような賃借権の無断譲渡禁止規定が定められていなかったとしても、やはり、テナントは賃貸人の承諾を得ない限り賃借権を第三者に譲渡することはできません。

     なぜなら、民法612 条1項は「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。」と規定しているからです。

     したがって、賃貸借契約においては、賃貸借契約書に無断譲渡禁止規定が設けられているか否かにかかわらず、賃借権を譲渡するには賃貸人の承諾が必要とされています。

     ただし、賃貸借契約書において、積極的に、賃貸人が賃借権の譲渡をあらかじめ包括的に承諾する旨の条項や、賃借人は賃貸人の承諾を得ることなく自由に賃借権の譲渡や賃借物の転貸ができる旨の規定が設けられている場合には、例外的に、賃借人は賃貸人の承諾を得ることなく、賃借権の譲渡や賃借物の転貸を行うことが可能です。

    2.賃貸人が譲渡を承諾しない場合の措置

     賃貸人が賃借権の譲渡を承諾しない場合には、賃借人は賃貸人の承諾に代わる何らかの措置が認められない限りは、賃貸借契約を継続するか、期間内解約をするかのいずれかの選択を迫られることになります。この問題は、賃借人が賃貸対象物に多額の資本投下をしている借地契約の場合(借地人は借地上の建物に多額の資本を投下している)には顕著となります。

     そこで、同じ賃貸借契約であっても、いわゆる借地契約の場合には、借地人が借地上の建物を第三者に譲渡することにつき賃貸人が承諾しない場合は、裁判所は、借地人の申立てにより、賃貸人の承諾に代わる許可を与えることができるという、いわゆる借地非訟制度が設けられています ( 借地借家法19 条1項)。

    (1) 借地非訟制度

     借地借家法19 条1項は「借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が賃借権を取得し、又は転借をしテナントのA社から、借家権をB社に譲渡する旨の承諾を要請され、これを拒絶したところ、A社は裁判所に借家権譲渡の許可の申立てをすると言っています。このようなことは可能なのでしょうか。ても借地権設定者に不利となるおそれがないにもかかわらず、借地権設定者がその賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、裁判所は、借地権者の申立てにより、借地権設定者の承諾に代わる許可を与えることができる。」と規定しています。

     この規定により、賃借人は、例え賃貸人が賃借権の譲渡を承諾しない場合であっても、裁判所の許可を得れば譲渡が可能となるわけですが、上記の条文は、文言からも明らかなように、「借地権者が賃借権の目的である土地の上の建物を第三者に譲渡しようとする場合」についての規定です。

     すなわち、借地借家法における賃借権の譲渡許可の制度は、借地契約については適用されますが、借家契約においては、そもそも、そのような制度自体が存在していないことに留意する必要があります。

    (2) 借家契約における賃借権の譲渡許可制度の存否

     上記の借地非訟制度は、旧借地法制定時には規定されていませんでした。昭和41 年の旧借地法の改正の際に新設された制度ですが、その際にも借家契約については立法化されることはありませんでした。その理由は、もともと賃貸借は長期間の継続的な契約関係であることから、賃借人が誰であるかは重要な問題であり契約当事者間の信頼関係の基礎をなすものと考えられてきたこと、それにもかかわらず借地契約においては賃借権の譲渡の可否は借地人にとって投下資本回収の重要な手段の一つであることなどの事情から借地についてのみ譲渡許可制度が認められたものと思われます。

     平成3年に成立した現行借地借家法制定の際には、借家契約においても、営業用の建物賃貸借については裁判所の許可制度を導入することが検討されましたが結果として見送られたため、現在でも建物賃貸借契約においては裁判所の許可制度は存在していません。見送られた理由は、営業用の建物賃貸借と居住用の建物賃貸借との区別の基準が曖昧であること、建物賃貸借は土地賃貸借に比較して賃借人により建物の使用方法の相違がかな
    りある得ることなどにあったと思われます。

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