賃貸相談

月刊不動産2006年12月号掲載

借家人による有益費償還請求

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸借契約終了の際に、借家人から、契約期間中に賃借建物の前面の通路を舗装しているので、舗装に要した代金全額を支払ってほしいとの請求がきました。応じる必要があるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃借人の有益費償還請求権

     賃借人の請求は、民法608条2項に定められている有益費償還請求権を根拠にしているものと思われます。有益費とは、物を改良し、物の価値を増加させるための費用をいいます。民法では、賃借人は、契約期間中に有益費を支出したときは、賃貸借契約が終了したときに、価格の増加が現存している場合に限り、賃借人がそのために支出した額又は増加額を賃貸人に対して償還請求することができるものと定めていますので、元賃借人はこの規定を根拠に舗装に要した代金額を請求しているものと思われます。

     したがって、賃貸人としては、元賃借人からこのような請求がなされた場合には、請求内容が民法に定める有益費償還請求権の要件を満たしているかどうかを検討して対応することになります。

    2.有益費償還請求権の発生要件

    (1) 改良のために要した費用であること

     有益費償還請求権が認められるのは、賃借物に関して改良のために要した費用であって、賃貸物件の価値が客観的に増加するものであることが必要です。この点で、賃借物の保存のために必要な費用は有益費ではなく、必要費として処理されますので有益費には該当しません。

     判例では、賃借店舗における表入口の改装工事費、飲食店舗におけるカウンターの改造、流し台の改良費用等が有益費に該当するものとされています。賃借物以外に加えた改良であっても、それにより賃借物自体の価値を増加させるものはやはり有益費として扱われますので注意が必要です。賃貸建物の道路に面した電灯設備の費用が有益費として認められたことがあります。

     しかし、建物の価値を客観的に増加させるものでなければなりませんので、通常の用途の建物をカフェ営業用に改造したとしても、判例は有益費ではないとしています。

     要するに、「改良のための費用で賃貸建物の価値を客観的に増加したか否か」が判断基準となります。ご質問のケースでは通路部分をコンクリート舗装したということですが、賃貸建物の前面通路の状況、建物の使用状況等から、それが建物の客観的価値を増加するものであるのか否かの判断をすることになります。和風の風情を重視する日本家屋であれば、必ずしも有益費にはならない場合もあり得ます。

    (2)価値の増加が現存していること

     民法が有益費の償還を認めるのは、貸主の不当利得を防ぐとの考慮に基づくものですので、価値の増加が現存していない場合には、有益費償還請求権は認められません。例えば、借家人の費用負担による増築工事により、賃貸人が増築部分の所有権も取得した場合であっても、増築部分が地震や類焼等の双方の責に帰すことのできない事情で滅失した場合には、特段の事情のない限り、いったん発生した有益費償還請求権は消滅するものとされています(最高裁昭和48年7月 17日判決)。現時点で価値の増加が現存しているといえるか否かの判断が必要です。

    (3)借家人が支出した金額又は賃貸物件の価値の増加

     額のいずれかを賃貸人が選択できること有益費償還請求権は、上記(1)(2)の要件を満たす場合に、借家人が支出した金額か賃貸物件の価値の増加額のいずれかを償還すればよいものとされています。そのいずれを償還するかは、賃借人ではなく、賃貸人の側が選択できるものとされています(民法608条2項同 196条2項)。したがって、有益費償還請求権が認められる場合でも、賃貸人は、賃借人が実際に支出した金額を全額支払う必要はなく、賃借人の支出した額と価値の増加額のいずれか低いほうを選択できることになります。

    (4)有益費償還請求権の排除特約がないこと

     有益費償還請求権に関する民法の規定は任意規定と解されています。したがって、賃貸借契約において、賃借人は有益費償還請求権を有しないものとする旨の特約があるときは、賃借人はたとえ有益費を支出し、その価値増加が現存する場合であっても、有益費償還請求権を行使することができません。

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