賃貸相談

月刊不動産2010年11月号掲載

借家人の設置した物の買取り義務

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

借家人から契約終了の際に、借家人が建物に設置した据付け戸棚とダクト等一式を買い取ってほしいと請求されました。賃貸人は借家人が設置した物を買い取る義務はあるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.有益費償還請求権と造作買取請求権

     建物賃貸借契約が終了した場合に、借家人が建物に設置した物について、賃貸人に金銭を請求する根拠としては、①有益費償還請求権と、②造作買取請求権の2つがあり得ます。

     これらは、それぞれの請求の条件が異なっているもので、借家人が設置した物の状況により、有益費償還請求権の問題と、造作買取請求権の問題とに分かれます。

    2.有益費償還請求権

     借家人が、建物に有益な費用を支出したときは、賃貸人は、賃貸借終了の時において、有益費の償還をしなければならないと民法に定められています(民法608条)。

     有益費とは、建物の客観的価値を増大させるために支出された場合についてのものですが、借家人の改良工事等の結果が、賃貸建物の一部として建物の構成部分となり、その所有権が賃貸人に帰属することとなる場合のものをいいます。したがって、客観的に建物の使用価値を増大させるものであっても、建物の一部と見られないものについては有益費償還請求権の問題とはなり得ません。

     据付け戸棚やダクト一式は、取り外しが容易ではないとはいえ、建物所有権の一部となるものではなく、いまだ建物とは異なる動産の性格を有するものですので、これらについて有益費償還請求権が問題となることはありません。

    3.造作買取請求権

    (1) 造作とは

     造作とは、「建物に付加された物で、借家人の所有に属し、かつ、建物の使用・収益に客観的便益を付与するもの」をいいます。造作は動産ではありますが、建物に設置され、容易に取り外しができないもので、建物の使用価値を増大させるものがこれに当たります。逆に、取り外しが容易であり、撤去しても建物の価値に影響を及ぼさないものは造作には当たらないと考えられています。

     以上の要件から、判例上、造作と認められたものには店舗の釣り棚、雨戸、広告用表示用板、木造の間仕切り、空調設備等があり、据付け戸棚とダクト等一式は取り外しが容易ではなく、かつ、建物の使用に客観的便宜を与えるものと言い得るものですので、造作の概念に該当し得るものです。

    (2) 造作買取請求権が認められる「造作」とは

     造作買取請求権は、この権利が認められなければ、借家人は建物賃貸借契約終了時に造作の撤去義務を負いますが、賃貸人がこれに乗じて、造作の撤去を免除する代わりに造作を賃貸人に無償で譲渡させ、これを賃貸人が新借家人に売り付けるということがあり得ることから、借家人が造作に投じた投下資本の回収を図ることができ、かつ、賃貸人が不当な利益を得ることのないようにとの目的から認められたものです。

     他方において、賃貸人は、借家人が設置した物を買い取らなければならない義務が発生することになりますので、造作買取請求権が認められる造作とは、借家人が賃貸人の同意を得て設置した造作に限って認められることとされています。したがって、借家人が賃貸人に無断で設置したものは、造作としての要件を備えているものであっても、造作買取請求権は認められないのです。

    (3) 造作買取請求権を排除する特約の有効性

     旧借家法においては、造作買取請求権は強行規定とされていました。このため、旧借家法の時代においては、建物賃貸借契約において造作買取請求権を排除する旨の特約を設けても、旧借家法の強行規定違反として無効と解されてきました。

     これに対し、現行の借地借家法のもとでは、造作買取請求権の規定は、強行規定ではなく任意規定に変更されましたので、造作買取請求権を排除する旨の特約が有効とされています。

    4.借家人からの請求に対する対応

     借家人から、借家人が設置した物についての金銭請求がなされた場合には、①まず、それが有益費償還請求に関するものか、造作買取請求に関するものかを判断し、②造作の場合には、その設置を賃貸人が同意したものであるか否かを確認し、③建物賃貸借契約書に造作買取請求権を排除する旨の特約があるか否かを確認するという手順になります。

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