法律相談
月刊不動産2026年1月号掲載
遺産分割協議の錯誤取消し
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
父が死亡し、兄と私の2人が遺産を相続しました。兄から、唯一の遺産である中古マンションにはほとんど価値がないと説明を受けたので、兄がすべての遺産を取得するという遺産分割協議書に署名押印しました。
しかし、実際にはそのマンションには価値があり、その後2,300万円で売却されています。遺産分割協議を取り消すことができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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錯誤によって遺産分割協議を行ったとして、遺産分割協議を取り消すことができます。
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錯誤取消し
勘違いによって意思表示をしてしまった場合が、錯誤です。法的にいうと、錯誤とは、①表示行為から推測される意思(表示上の効果意思)と表意者(意思表示をした者)の真実の意思がくいちがっており、かつ②表意者がそのくいちがいに気づいていないという意味です。
錯誤があった場合には、表意者は、意思表示を取り消すことができます(民法95条1項はしら書き)。表意者が法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反する錯誤があった場合(いわゆる動機の錯誤の場合)には、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに、取消しが可能になります(同条1項2号・2項)。平成29(2017)年の民法改正(令和2〈2020〉年施行)までは、錯誤の効果は無効でしたが、改正によって、錯誤の効果は取消しができると改められています。
遺産分割協議もまた、契約と同じく、意思表示によって成立しますから、相続人のひとりに遺産分割協議の内容について錯誤があった場合には、遺産分割協議を取り消すことができます。 -
東京高判令和6.3.14
東京高判令和6 . 3 . 1 4 – 2 0 24 4WLJPCA03146004は、相続人2名のうちの1人Xが、ほかの相続人Yから、「マンション価格は1,000万円にも満たず、これを処分してもリフォーム費用などの諸経費を除くとほとんど金が残らない」などと説明を受けてこれを信じ、自らの相続分を放棄する内容の遺産分割協議(本件遺産分割協議)に合意していたケースです。
ところが実際には、このマンションには相当の価値があり、後にYがこれを2,300万円で売却しており、Xは法定相続分からみると、このマンションに関しては、少なくとも1,150万円以上の財産的価値を取得できた可能性がありました。
Xが、遺産分割協議を錯誤によって取り消したから、遺産分割協議は無効であるとして訴えを提起したところ、判決では『Xがした本件遺産分割協議に応じるという意思表示は、その基礎とした事情についての認識(動機)に錯誤があったことに基づくというべきであり、かつ、通常人であれば、1,150万円以上の財産的価値を取得できた可能性があったことを知っていた場合には、自らの相続分を放棄する内容の本件遺産分割協議に合意することはなかったと合理的に推認できるというべきであるから、その錯誤は、法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであったというべきである。なお、本件遺産分割協議の基礎とされたこの事情については、YがXに本件遺産分割協議に合意するように仕向けた際の被告の説明内容そのものであるから、当該事情は、当然に本件遺産分割協議の基礎とされていることが表示されていたというべきである』として、Xの主張が認められています。 -
まとめ
