賃貸相談

月刊不動産2002年6月号掲載

賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(2)の2

弁護士 瀬川 徹()


Q

ビルの事務所の賃貸借の周回の依頼を貸主から受けて借主の募集を行い、契約期間が2年、賃料月額100万円、保証金1200万円の条件で賃貸借契約を締結させ、無事、借主の利用が開始しました。ところが、契約開始後6ヶ月経過したところで、元々ビルに設定されていた抵当権に基づく競売申し立てがされ、差押登記がされました。それから1年後に競落されビルの所有者が変わってしまいました。借主は、このまま事務所を利用できるのでしょうか?又、借主が元の所有者に差し入れていた保証金はどうなるのでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  本件の借主の場合は、貸借権が競売による差押登記以前に設定された短期賃貸借ですので、たとえビルの所有者が交代しても、残契約期間だけは、貸借権を対抗できますので利用の継続が可能です。しかし、期間満了時に契約更新の問題が生じたとき、新所有者は更新を拒否し契約終了による明け渡しを求めることができますので、その場合には利用の継続が不可能になります。又、本件のように貸借権が残期間対抗できる場合でも、保証金の返還を求めることが出来るのは、敷金と異なり原則として保証金を差し入れた旧所有者に対してであり、例外として、保証金の一部が敷金と同じように考えられる場合には、その限度で返還義務の一部が新所有者に引き継がれ、新所有者に返還請求が出来る場合があります。

    「問題点と知識の確認」
    1. 差押登記後の賃貸借契約並びに敷金返還請求権
    (1) 抵当権に基づく競売開始決定に基づく差押え登記後にその建物の所有者が行った賃貸借は、抵当権者及びその後の競売による競落の結果の新所有者に一切対抗できないこと、及び、敷金返還義務が新所有者に引き継がれないことは前回のQ&A(2)の1で述べたとおりです。

    2. 差押登記前の賃貸借契約と敷金返還請求権

    (1) 抵当権設定登記前の賃貸借契約

     建物に抵当権が設定される前に賃貸借契約がされ、貸借権の対抗要件(登記、引渡)を備えたものは、その期間の長短に係わらず抵当権に対抗できますので、仮にその後当該建物が抵当権に基づき競売され新所有者が生じても、その者に貸借権を主張できます(借地借家法第31条1項)。また、当然、旧貸主に差し入れた敷金の返還義務も新所有者に引き継がれますので、契約終了を行う場合、敷金から借主の未払い債務を控除した残額がある限り新所有者から返還を受けられます(大判昭5・7・9民集9、839)。

    (2) 抵当権設定登記後で、差押登記(競売開始決定)前に行われた賃貸借契約、現実の建物賃貸借契約のほとんどが、この状況です。この場合、建物の賃貸借期間が3年以内のもの(短期賃貸借、民法第395条、602条)とそれを越える期間の場合(長期賃貸借)とに区別し検討する必要があります。
    イ、長期賃貸借の場合
     この場合は、そもそも抵当権設定後に行われた賃貸借契約が、下記ロの場合を除き抵当権に対抗できない結果、競落による新所有者に対しても対抗できません(最判昭38・9・17)。従って、新所有者から明け渡しを求められれば、それに応じなければなりません。もちろん、元の貸主に差し入れた敷金の返還義務は、新所有者に引き継がれません。その結果、元の貸主に損害賠償並びに敷金返還請求をすることになりますが、その資力から見て回収する事は困難かもしれません。
    ロ、短期賃貸借の場合

    ① この場合は、この契約期間内に競売による差押並びに競落による新所有者が生じた場合には、その新所有者に対し賃貸借の残存期間の限度で対抗できます(民法第395条)。但し、期間満了時に契約の更新の問題が生じますが、この場合借地借家法第26条(旧借家法2条)の適用は無いとされているので(大阪高裁判昭30・8・9)、契約は当然終了し、新所有者から明け渡しを求めることができると考えられております。もちろん前記賃貸借を対抗できた結果、元の貸主に差し入れた敷金の返還義務は、新所有者に引き継がれますので、明け渡しに当たり敷金の残額があれば返還が受けられるでしょう。

    ② 短期賃貸借も、競売による差押を受ける前であれば、通常通り契約の更新を行い(但し、更新後の契約期間も短期賃貸借の期間)、契約を継続することができます。そして、差押がされた時点で前記①と同様に残存期間の限度では、貸借権を新所有者に対抗でき、敷金返還義務も引き継がれます。

    ③ しかし、差押後に短期賃貸借の契約期間が満了した場合には、なお競落による新所有者が生ずるまでは賃貸借の当事者間では事実上契約を更新継続できても、その更新を抵当権者及び契約による新所有者に対抗できないので競落により新所有者が生じた場合、貸借人は貸借権を主張できず、新所有者から明け渡しを求められます(最判昭38・8・27、同44・12・11)。しかも、その場合、敷金返還義務は新所有者に承継されません。結局、借主は元の貸主に責任追及をすることになります。回収は困難が伴うでしょう。

    ④ なお、こうした関係を生じる「建物の短期賃貸借」の中には「期間を定めない建物賃貸借契約」も含まれるとされており(最判昭39・6・19)、競落後の新所有者は借地借家法第27条に基づき借主に対し賃貸借の解除申し入れを行い、その場合、同法28条に基づく正当事由が必要とされますが、その認定に当たっては、短期賃貸借の限度で保護されるとする事実が大きく影響し、正当事由を認める緩和した認定がされて契約の終了を認めることが多くなります。

    (保証金返還義務については、次号に続く)

page top
閉じる