法律相談

月刊不動産2018年4月号掲載

自然死についての瑕疵担保責任

渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)


Q

 私は2階建ての戸建て住宅を購入しましたが、購入後、契約の半年前に住宅内で居住者が亡くなり、約3カ月間放置されたままであったことを知りました。死亡の原因は、自然死とのことです。売主に対して、損害賠償を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.損害賠償を請求できる可能性が高い

     売主に対して、瑕疵担保責任に基づいて、損害賠償請求をすることができる可能性が高いと考えられます。建物内で人が死亡し、発見されるまで約3カ月という長期間、建物内に放置されたままであったことは、一般人であれば嫌悪感を抱き、建物に居住することを拒む性質の事実であって、売買の目的物の瑕疵にあたるとされているからです。

  • 2.瑕疵担保責任

    民法には、売買契約の目的物に瑕疵があり、買主がその瑕疵を知らないときには、売主は買主の損害を賠償しなければならないと定められています(民法570条本文、566条1項)。これが瑕疵担保責任です。

     瑕疵とは、契約上本来備えるべき品質を備えていないことであり、心理的な欠陥を含みます。大阪高裁平成18年12月19日判決(判時1971号130頁)では、「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれる」と説明されています。ここで、建物内での過去の縊首自殺や殺人事件が「心理的欠陥」となることはもはや不動産取引における常識の部類に属しますが、加えて、自然死が瑕疵に該当するかどうかが問題にされることも少なくありません。

     ところで、人が亡くなることは自然の摂理であって、人の死という事実があっただけでは心理的欠陥にはなりません。しかし、人が亡くなった後に、「住み心地の良さを欠き、居住の用に適さないと感じることに合理性があると判断される」状況(上記大阪高裁平成18年12月19日判決)が生じていれば、売主が責任を負うべき瑕疵となり得ます。

     自然死の後、どのような状況があったときに瑕疵になるかについて、売買の事例は公表されていませんが、競売の事例に関しては、東京地裁平成14年6月18日判決(ウエストロー・ジャパン)において、裁判所の判断が公表されています。

  • 3.東京地裁 平成14年6月18日判決

    (1) 事案

    ①Yは、埼玉県大宮市所在の戸建て住宅(本件不動産)について、平成11年7月7日、浦和地方裁判所に不動産競売の申立てをなし、平成11年7月21日、不動産競売開始決定がされた(本件競売手続き)。本件競売手続きにおいては、期間入札に付されてXが入札し、平成12年2月22日、売却許可決定を受け、同年5月16日、代金を納付し、本件不動産を取得した。

    ②ところがその後Xが本件不動産を現地調査したところ、平成12年6月20日、建物内にて変死した状態のAの遺体が発見された。その後の警察の調べにより、Aは平成12年3月ころ、建物内にて死亡後、そのままの状態で数カ月間建物内に放置されたままであった事実が判明した。

    ③Xは、本件不動産には瑕疵があったとして、瑕疵担保責任の規定の類推適用に基づいて、Yに対して、代金の一部返還請求、損害賠償を請求し、訴えを提起した。

     

    (2)裁判所の判断

     判決では、Aが死亡し、3カ月間建物内に放置されていたことについて、「Aが、建物内で死亡し、発見されるまで約3カ月という長期間、建物内に放置されたままであった事実は、一般人であれば嫌悪し当該建物に居住することを拒む性質の事実であり、建物の交換価値を減少させる事実であると認められる。そして、Xが本件不動産を取得した当時Aが建物内で死亡している事実を知らなかったのであるから、このような事情が本件不動産の隠れた瑕疵に当たることは明らかである」として、隠れた瑕疵であることを肯定しました。したがって、Xが売買契約で買主となって本件不動産を購入していたとすれば、Yに対して、瑕疵担保責任を追及することができたものということができます。

     しかし、瑕疵担保責任を定める民法570条では、同条ただし書きに、「強制競売の場合は、この限りでない」と定められ、競売手続きでは瑕疵担保責任の規定の適用がないことが明示されています。判決では、「買受人に担保責任の追及を否定することが、直ちに、買受人に著しく不公平かつ不合理な結果を強いることになるとは認められない」として、瑕疵担保責任の規定の類推適用を否定し、Xの損害賠償請求を否定しました。

  • 4.まとめ

     高齢化社会に伴う独居老人の増加などによって、居住者が死亡したまま建物内に放置されるという深刻な事態が多発しています。売買対象の建物内で自然死が生じていた場合、不動産業者がどのように対応するかについては明確なルールはなく、難しい判断を迫られることになりますが、不動産業者には円滑な不動産取引を実現するという社会的な責務があることを常に念頭において、適切に対処していただきたいと思います。

  • Point

    • 瑕疵担保責任における瑕疵には、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれる。
    • 建物内で人が死亡し、発見されるまで約3カ月という長期間、建物内に放置されたままであったことは、心理的欠陥に該当する。
    • 売買契約であれば、このような状況が生じていれば、瑕疵担保責任を追及することができる。
    • これに対し、競売による取得には瑕疵担保責任の規定は適用されないから、このような状況が生じていても、買受人が配当を受けた債権者に対して、損害賠償などの責任追及をすることはできない。
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