賃貸相談

月刊不動産2016年10月号掲載

無断転貸が背信行為に該当せず解除が無効とされた後の処理

弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

 借家人が貸室の一部を無断転貸したので契約を解除したのですが、信頼関係の破壊に至らないとの理由で解除が否定されました。その後は賃貸人である弊社と借家人、転借人の関係はどうなるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     賃借人が賃借権を無断で譲渡し、賃借物を無断で転貸した場合には賃貸人から契約を解除されますが、無断譲渡・転貸が背信行為と認めるに足りない場合は契約の解除は認められません。この場合には賃貸人の承諾があった場合と同様の法律関係になると解されています。

  • 賃貸物件の無断転貸の法律関係

     賃借人は、賃借権を第三者に譲渡し、又は賃借物件を第三者に転貸し、第三者に賃借物件を使用収益させようとする場合には、事前に賃貸人の承諾を得なければなりません(民法第612条1項)。

     仮に、賃借人がこれに違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は賃貸借契約の解除をすることができるものとされています(民法第612条2項)。従って、一般的に、無断譲渡・転貸は賃貸借契約の解除事由であるとされています。

     しかし、賃借人による無断譲渡・転貸は常に解除が認められるというわけではありません。何故なら、最高裁は、「賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用・収益をなさしめた場合でも、賃借人の当該行為を賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事由があるときは、賃貸人は、本条(民法第612条)2項により契約を解除することができない。」との判断を示しているからです(最判昭和28年9月25日)。この法理は借地契約、借家契約のいずれにも通用するものです。

     

    (1)土地賃貸借の場合

     例えば土地賃貸借については、「夫は宅地を賃借し妻はその土地上に建物を所有して同居生活をしていた夫婦の離婚に伴い、夫が妻へ借地権譲渡した場合において、賃貸人は同居生活および妻の建物所有を知って夫に宅地を貸したものである等の事情があるときは、借地権の譲渡につき賃貸人の承諾がなくても、賃貸人に対する背信行為とは認められない特段の事情があるというべきである。」との判断が示されています(最判昭和44年4月24日)。

     

    (2)建物賃貸借の場合

     また、建物賃貸借においても、「店舗用家屋の賃借人が賃貸人の承諾を得ないでこれを転貸した場合に、右転貸が賃借人との共同経営契約に基づくもので転貸部分は家屋のごく一小部分にすぎず、右共同経営のために据付けられた機械は移動式で家屋の構造にほとんど影響なくその取り除きも容易であり、しかも転借人は右家屋に居住するものではないこと、また、家屋の所有権は賃貸人にあるが、その建築費用、増改築費用、修繕費等の大部分は賃借人が負担し、その上、賃貸人は多額の権利金を徴収していること等の事情があるときは、右転貸は賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるものであり、賃貸人のした契約解除は無効と解すべきである。」とされています(最判昭和36年4月28日)。

  • 背信行為と認めるに足りない場合の法律関係

     無断転貸ではあるが、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りないという場合には、これらの無断転貸は、その後どのように扱われるのかが問題となります。

     例えば、上記(2)の建物賃貸借の無断転貸の事例では、最高裁は、背信行為と認めるに足りない特段の事情があり、契約の解除ができない場合においては、「賃貸人は転借人に対し、転借部分の明渡を求めることはできない。」との判示をしており、結果として、このような場合には無断転貸は賃貸人の承諾があった転貸の場合と同様に扱われることになります。

     

    (1)賃貸人と賃借人の関係

     その結果、無断転貸を行った賃借人と賃貸人の間は無断転貸がなされたことによっては、何の影響も受けないということになります。賃貸人は無断転貸を理由とした契約の解除も損害の賠償も請求できません。

     

    (2)賃貸人と無断転借人の関係

     民法第613条は、「賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払いをもって賃貸人に対抗することができない。」と定めており、適法な転貸借がなされた場合は、賃貸人は転借人に対して賃料の請求ができます。条文上は、この規定は適法な転貸借がなされた場合について定めたものですが、背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には、無断転貸であっても、承諾転貸の場合と同様に民法第613条が適用されることになります。

  • Point

    • 賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、または賃借物を転貸することができません。
    • 賃借人が、無断譲渡・転貸により第三者に賃借物を使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができるのが原則です。
    • 無断転貸が、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事由があるときは、賃貸人は契約を解除することができません。
    • 無断転貸が、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事由があり、契約の解除が認められない場合には、承諾のある転貸と同様の法律関係になり、賃貸人は無断転借人に対し賃料の請求をすることができます。
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