賃貸相談

月刊不動産2017年8月号掲載

滞納による賃貸借の解除と転借人への明渡請求

江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 弊社は賃借人からの要望で賃貸建物の第三者への転貸を承諾しましたが、賃借人が賃料を滞納したため、賃貸借契約を解除したいと思います。この場合、転借人に対しても未払家賃の督促をしなければ解除できないのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

    賃貸人が承諾した転借人がいる転貸物件において賃料滞納があった場合、賃貸人は、賃借人に対し、相当期間を定めた催告をし、期間内に滞納賃料が支払われなければ、賃貸借契約を解除することができます。転借人に対する催告は必要とはされていませんし、賃料滞納を理由とする賃貸借契約の解除は、転借人に対しても対抗することができます。

  • 1.転貸借契約がなされた場合の法律関係

     建物転貸借とは、賃借人が自己の賃借権に基づいて、自己の権限の範囲内で賃借建物の全部または一部を第三者に転貸(法的には賃貸借契約です)して、転借人に建物を使用・収益させることをいいます。

     転貸借は、賃借人と転借人との間の法律関係ですから、賃貸人と転借人との間には直接の契約関係はありません。賃貸人は賃借人との間で、賃借人は転借人との間でそれぞれ権利義務を負うため、法的には賃貸借契約と転貸借契約とは別個の契約であり、本来、賃貸人と転借人との間に直接の契約関係はありません。しかし、賃借人の都合で、賃借建物を第三者に転貸することを賃貸人が承諾することから、民法613条では、賃貸人の利益を保護するために、転貸借の場合の特別の規定を設けています。

  • 2.民法613条に基づく転貸借契約の権利関係

     民法613条1項は、「賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない」と定めています。「賃借人が適法に賃借物を転貸したとき」とは、賃借人が賃貸人の同意を得て転貸借契約をした場合等を意味します。また、「転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う」とは、本来であれば、賃貸人と転借人との間には直接の権利義務関係は生じないはずですが、転借人が、賃貸人に対して、直接に賃料支払義務と目的物返還義務を負うことを意味します。

    (1)転借人の賃貸人に対する賃料支払義務

    転借人は本来、転貸人である賃借人に対し転貸料の支払い義務を負いますが、賃貸人から請求された場合には賃貸人に対して直接に転貸料を支払う義務があることが定められています。

    (2)転借人の賃貸人に対する目的物返還義務

    これは、賃貸借契約の終了を転借人に対抗できる場合には、転貸借も終了しますので、賃貸人は、転借人に対し、直接に目的物の返還を請求できるということです。ただし、賃貸人からの返還請求がなされない限りは、転借人は、賃借人に目的物を返還する義務があります。

  • 3.賃貸借の終了を転借人に対抗できる場合

    (1)期間満了による更新拒絶

     期間満了時に賃貸人が借地借家法に定める正当事由を具備し、賃貸借契約が期間の満了により終了する場合は、転貸借は賃借権を基礎として成立していますので、基礎となる賃借権が終了する以上、転貸借も終了します。ただし、借地借家法34条1項は「建物の転貸借がされている場合において、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときは、建物の賃貸人は、建物の転借人にその旨の通知をしなければ、その終了を建物の転借人に対抗することができない」と定め、同条2項は「建物の賃貸人が前項の通知をしたときは、建物の転貸借は、その通知がなされた日から六月を経過することによって終了する」と定めています。したがって、期間満了による更新拒絶に正当事由が認められる場合は、賃貸人から転借人に対し、その旨を通知した後6カ月を経過すると、賃貸人は、転借人に対し、明渡しを請求できます。

    (2)解約による場合

     賃貸人により賃貸借契約の解約申し入れがなされ、正当事由を具備している場合には、転借人に対し、基礎となる賃貸借契約の解約を対抗することができ、前記の借地借家法34条により、その旨を通知した後6カ月を経過すると、賃貸人は、転借人に対し、明渡しを請求できます。

    (3)合意解約の場合

     賃貸人と賃借人との間で、賃貸借契約を解約する旨の合意が成立した場合、最高裁の判例は、「賃借人が賃借家屋を第三者に転貸し、賃貸人がこれを承諾した場合には、転借人に不信な行為があるなどして賃貸人と賃借人の間で賃貸借を合意解除することが信義、誠実の原則に反しないような特段の事由がある場合のほか賃貸人と賃借人とが賃貸借解除の合意をしてもそのため転借人の権利は消滅しない」(最判昭和37年2月1日)と判断しています。

    (4)賃借人の債務不履行を理由とする解除の場合

     賃貸人による賃借人の家賃滞納等の債務不履行を理由とする賃貸借契約の解除について、賃貸人は転貸借を承諾しており、転借人には債務不履行等の落ち度が何もない場合に、転借人の意向を確認することもなく、賃貸借契約を解除してよいかは気になるところです。しかし、最高裁は、土地の転貸借の事例では、「土地の賃貸借契約において、適法な転貸借関係が存在する場合に、賃貸人が賃料の不払を理由に契約を解除するには、特段の事情のない限り、転借人に通知等をして賃料の代払の機会を与えなければならないものではない」(最判平成6年7月18日)と判示しています。

     また、債務不履行を理由とする解除により賃貸借契約が終了する場合は、前記借地借家法34条に定める6カ月の期間の経過も要求されておらず、最高裁では、「賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了する」(最判平成9年2月25日)との判断が示されています。

  • Point

    • 承諾ある建物転貸借契約が存する場合は、賃貸人と転借人との間には直接の契約関係はないが、転借人は賃貸人から請求があった場合には、賃貸人に対し賃料支払義務、目的物返還義務を負う。
    • 基礎となる賃貸借契約が、賃貸人による期間満了を理由とする更新拒絶または契約の解約が正当事由を具備している場合は、賃貸人が転借人にその旨を通知した後、6カ月を経過すると転貸借は終了する。
    • 賃借人の賃料滞納等の債務不履行を理由とする解除の場合には、転借人に通知して賃料の代払いの機会を与えなければならないものではない。
    • 賃借人の賃料滞納等の債務不履行を理由とする解除の場合には、賃貸人が転借人に対し目的物の返還請求をしたときに転貸借が終了する。
page top
閉じる