賃貸相談

月刊不動産2018年2月号掲載

敷金に対する差押えへの対応

江口 正夫( 海谷・江口・池田法律事務所)


Q

 貸ビルを経営しています。テナントとの賃貸借契約では敷金について譲渡禁止特約を付けていたところ、テナントの債権者2社から敷金に対する差押命令が相次いで届きました。

 譲渡禁止特約を付けている敷金について複数の差押えがなされた場合、敷金は誰に返すことになるのでしょうか。また差押債権者に返す場合は、差押えの日からいつまでに返せばよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     建物賃貸借契約における敷金返還請求権が差し押さえられた場合、賃貸借契約が終了し、明渡完了時に敷金を返還すればよいのですが、差押え後は、賃貸人が賃借人に敷金を弁済しても、その弁済は差押えに対抗することができません。

     敷金に譲渡禁止特約が付されていても、差押債権者に対しては譲渡禁止特約を主張することは許されませんので、差押債権者の善意・悪意を問わず、差押えは有効と解されます。

     差押えが競合した場合には、最も早く差押命令が到達した債権者が優先されますが、まれに同時に到達したという場合には、各差押債権者はいずれも債権の全額の弁済を請求できるものと解されていますので、賃貸人はいずれかの債権者に敷金を返還すれば免責されることになります。

  • 1.敷金返還請求権に対する差押え

     敷金は、賃貸借契約終了後、明渡しが完了するまでの間に発生する賃借人の賃貸借契約に基づく一切の債務を担保するものですので、賃貸人は、賃借人から建物の明渡しを受けた時点で賃貸借契約に基づく債務が存するときはこれを敷金から控除し、なお残額がある場合に、その残額を賃借人に返還することになります。

     しかし、敷金返還請求権が差し押さえられた場合には、たとえ譲渡禁止特約があったとしても、差押債権者に対しては譲渡禁止特約を対抗することができません。私人間の合意で差押禁止債権を作り出すことは認められていないからです。したがって、差押えの場合には、差押債権者の譲渡禁止特約に対する善意・悪意や過失の有無を問わず、差押えは有

    効と解されます。

     民事執行法145条では、「執行裁判所は、差押命令において、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない」と定めています。本件では、債務者とは賃借人、第三債務者とは賃貸人がこれに該当します。したがって、賃貸人は、敷金を差し押さえられた場合には、その後に、賃借人に対し敷金の返還(弁済)をすることができません。万一、敷金返還請求権が差し押さえられた後に、賃貸人が、敷金には譲渡禁止特約が付せられていることを理由に、敷金を賃借人に返還したとしても、敷金に対する差押えの効果により、賃貸人は敷金を返還したことを差押債権者に対して対抗することができません。したがって、この場合には、賃貸人は、賃借人に対して敷金を返還しているにもかかわらず、差押債権者に対しても敷金を返還しなければならなくなり、二重に支払いをさせられることになりますので、差押命令に反する敷金の返還は絶対に避けなければなりません。

    差押えの場合であっても、敷金の返還時期は、賃貸借契約終了後、賃借人から建物の明渡しを受けた時点で、なお残額がある場合に、その残額を賃借人に返還すれば足りることになります。

  • 2.差押競合の場合の賃貸人の対応

    (1)差押競合の場合の原則的な処理方法

     複数の差押えが競合した場合は、差押命令の送達の先後により、先に到達したものが優先するというのが判例です。

     したがって、差押命令が競合して賃貸人のもとに届いた場合は、賃貸人は複数の差押命令がそれぞれ賃貸人に到達した日時を確認することが必要になります。そのため、賃借人の債権者が敷金を差し押さえた旨の裁判所からの通知が届いた場合、賃貸人はその都度、その日時を記録しておくことが後日のトラブルを避けるためには望ましいといえます。その上で、賃貸人に最も早く送達した差押債権者に敷金を返還すればよいことになります。賃貸人自身はメモをとっていなかったため、どちらの差押命令が先に到達したのか、よくわからないという場合もあり得ると思いますが、その場合には裁判所に差押命令の送達記録について問い合わせをすることが考えられます。裁判所への問い合わせ等により、差押命令の先後関係が判明することが多いと思われます。

  • (2)例外として同時に送達された場合の処理方法

     敷金を複数の第三者に譲渡したという場合は、敷金について譲渡禁止特約が付けられていることが多く、第三者が譲渡禁止特約について善意・無過失であるか否かにより譲渡の有効性が決まるため、有効か無効かの判断が難しく、その先後関係を判断することが困難な場合が多いのですが、差押命令の場合は、債権譲渡通知の場合とは異なり、譲渡禁止特約を差押債権者に対抗することができないことや、裁判所の命令であることから、裁判所への問い合わせをすること等により、差押命令送達の先後関係は、そのほとんどが明らかになるものと思われます。このため、敷金の差押えの場合には、債権譲渡の場合のように、「債権者不確知」を理由とする供託は簡単にはできません。

     しかし、仮に、差押命令が同時に送達された場合があるとすると、その場合には、それぞれの差押債権者が差押債権の全額を請求できるとするのがわが国の判例です。

     したがって、賃貸人は、いずれかの債権者に敷金の全額を返済すれば免責されることになります。

  • Point

    • 敷金返還請求権が差し押さえられた場合でも、敷金の返還時期は、賃貸借終了後明渡しを受けた後に敷金の残額を返還すれば足りるが、賃貸人が賃借人に敷金を返還しても、その返還は差押えに対抗することができないため、差押後は、債務者へ敷金を返還してはならない。
    • 差押債権者に対しては譲渡禁止特約を主張することは許されないので、差押債権者の善意・悪意を問わず、差押えは有効と扱われる。
    • 差押えが競合した場合には、最も早く差押命令が到達した債権者が優先される。差押命令の先後関係を記録しておくことが望ましいが、裁判所に確認すれば先後関係が判明することが多い。
    • まれに、差押命令が同時に到達した場合には、各差押債権者はいずれも賃貸人に敷金の全額の弁済を請求できるので、賃貸人は、いずれかの債権者に敷金を全額支払えば免責されることになる。
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