法律相談

月刊不動産2018年8月号掲載

成年被後見人の自宅売却

渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所 弁護士)


Q

 成年後見人から、成年被後見人Aの土地建物の売却の仲介依頼を受けました。Aは、その土地建物にかつて住んでいましたが、現在は老人ホームに入居しています。体調が回復すれば、将来は戻る可能性もあるとのことですが、売却には、家庭裁判所の許可が必要でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.家庭裁判所の許可が必要

     居住用不動産の売却には、家庭裁判所の許可が必要です。現在老人ホームに入居していても、将来その土地建物に戻って生活する可能性があれば、成年被後見人の居住用不動産となるからです。成年後見人が、家庭判所の許可を得ないで本人の居住用不動産を売却した場合には、売買契約に効力はありません。

  • 2.成年後見の制度

     さて、人が年を重ねれば、身体の状況に変化が生じるのは必定です。認知症などによって物事を判断する能力が十分でなくなった場合には、法によって、その財産を保護することが求められます。判断能力が十分ではない人について、本人保護を目的として、定型的に法律行為に制限を加えるために、法定後見の仕組みが設けられています。

     法定後見の制度には、①成年後見、②保佐、③補助の3つの種類があります。それぞれ本人の権利を守る者(成年後見人・保佐人・補助人)が選ばれ、選ばれた成年後見人等によって法律的な支援がなされます(図表)。

     このうち、成年後見の制度は、事理弁識能力が失われた場合の制度です。家庭裁判所が審判を行い(民法7条、838条2号)、成年後見人を選任します(同法8条、843条1項)。年後見人には、包括的に本人の財産を管理する権限が与えられ(同法859条1項)、成年後見人は、本人の不動産について、自らの判断によって売却することができます。

     成年後見人の職務は、本人の心身の状態および生活の状況に配慮しながらその事務を行うことです(同法858条)。本人の本来の意思を尊重しなければなりません。中でも、本人の住環境の整備は重要です。住環境は、心と体の健全な状況の保持に大きな影響を与える条件であることから、居住用不動産を売却する場合には、特に本人保護への配慮が必要であり、法律上、成年後見人が本人の居住用不動産を売却するときには、家庭裁判所の許可を要するものとされています(同法859条の3)。成年後見人が、家庭裁判所の許可を得ないで本人の居住用不動産を売却した場合、売買契約は無効です。

  • 3.東京地判平成28.8.10

     東京地判平成28.8.10では、老人ホームに入居している被後見人Aに関し、かつて居住していた土地建物が居住用不動産に該当するかどうかが問題とされました。

     まず、「(1)民法859条の3の『居住の用に供する建物』は、現に被後見人が居住しておらず、かつ、居住の用に供する具体的な予定がない場合であっても、将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある建物であればこれに含まれると解すべきである。このように解すると、被後見人が老人ホーム等の施設に入居中であっても、将来において居住する可能性がある限り、『居住の用に供する建物』というべきである」として、具体的に予定が決まっていなくても、将来戻る可能性があれば、居住用不動産に該当すると明言しています。

     もっとも、この事例では、Aの症状が進行していたという事情がありました。そのために、判決では、これに続けて、「Aは入居時、アルツハイマー型認知症で、せん妄症状があり、常に介護者の見守り、声かけ、介助が必要であった要介護3の状態であったことが認められ、本件売買契約当時も同様の症状が継続又は悪化していたものと推認される。これらの事情によると、本件売買契約当時、将来的にC(Aの子)がその妻の協力を得たとしてもAを引き取って本件建物で同居することは極めて困難であったというべきである。以上のことからすると、本件建物内にAの着物や動産類、仏壇や想い出深い友人の写真等があったとしても、また、Aが五反田で料亭を営むなどして五反田に対する思い入れが強かったとしても、本件売買契約当時、本件建物がAにとって居住の用に供する建物であったということはできない。Aとしては、仮に老人ホームを退去することがあった場合に、東玉川家屋において親しい間柄のBと同居し、Bの介護を受けながら生活するほかないものといえる。そして、本件建物内に残置してきたAの動産類についても、Bの知り合いであるDが買い受けたことにより、紛失の危険性が少なくなるという事情もあるから、本件建物に居住するという必要性も高いものとはいえない」として、居住用不動産であることが否定され、その売却には家庭裁判所の許可が不要と判断されています。

  • 4.まとめ

     高齢化社会は、想像を上回るペースで進んでいます。親や祖父母の世代の人たちが長生きすることは、誰にとっても喜ばしいことであり、わが国が住みやすい社会である証ということもいえましょう。しかし、高齢化に伴って、解決すべき課題も山積していきます。高齢者の財産を狙った悪質な犯罪も見受けられるようになっております。不動産業者の皆さまには、高齢者を巡る法制度を熟知したうえで、日常業務にあたっていただきたいと思います。

  • Point

    • 成年後見の開始決定がなされ、成年後見人が選任された場合には、成年後見人には、包括的に本人の財産を管理する権限が与えられる。成年後見人は、本人の不動産を売却することができる。
    • 成年後見人が本人の居住用不動産を売却するときには、家庭裁判所の許可が必要である。
    • 成年被後見人が現に居住しておらず、かつ、居住の用に供する具体的な予定がない場合であっても、将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある建物であれば、居住用不動産に該当する。
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