賃貸管理ビジネス

月刊不動産2017年5月号掲載

従業員の退職による損失

今井 基次(オーナーズエージェント株式会社 コンサルティング事業部部長)


Q

 当社は以前から退職者が多く、従業員がなかなか定着しません。退職による影響と注意点、それに対する改善策・対応策を教えてください。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • ANSWER

     従業員の退職による損失を理解して、退職する理由やその本質を見つけ出しましょう。

  • 退職による損失

     従業員の退職は、人材そのもの(退職者固有のスキル)以外にも失うものがある。例えば、①採用コスト(募集・面談・採用の費用)、②退職者への教育コスト(研修・OJTの時間、資格取得)、③退職金、④知識の損失(退職者の頭の中にある固有の情報)などがある。退職者の役職や、辞め方によってもその大きさは違うが、⑤組織全体の生産性低下、⑥部署内のモチベーション低下、⑦退職者による転職サイトへの、会社の口コミ投稿による悪影響などがある。その中でも、将来にわたって影響を引き起こす可能性がある「知識の損失」と「会社の口コミ投稿」には気をつけなければならない。

  • 知識の損失

     退職が決まると、通常、退職者より後継者に対して「引き継ぎ」が行われる。退職者の頭の中にある「暗黙知(あんもくち)」と呼ばれる、固有の知識や経験などを丸々移行できればよいが、実際は退職をする人が保持している一部の情報しか引き継がれない。例えば、入居者からのクレーム対応履歴や、オーナーの資産状況など、うわべのことは伝えられても、具体的にどんなことを話したのか、どのような経緯があったのかなどは、ほぼ伝えられない。前担当者の退職により管理物件が離れていくのは、このあたりの「情報の移管」がしっかりとされず、オーナーが不安になることにも起因している。それを防ぐには、いつどの物件で何が起こったのかを、誰が見てもわかるように「形式知」にしておくことが重要だ。入居者との対応履歴などをできるだけマメに記述して、いつ誰とどのようなことを話したのか、しっかりと履歴をとるだけで、社内全体での情報共有が図れる。業務の優先順位からすると、「情報を残し共有すること」は順位が低いが、優先的にやらなければ情報的経営資源は担保されない。

  • 口コミが採用を左右する

     もう一つが退職者による「会社の口コミ投稿」である。円満退社で良い投稿が載れば問題ないが、人間関係のこじれやケンカ別れなどで退職になると、インターネット上に悪い口コミを投稿されてしまうことがある。一旦、悪い口コミが投稿されれば、オーナーや入居者以外にも不特定の人に見られることになるため、将来にわたっての人材採用、管理受託営業やリーシング活動などにも、大きく影響をもたらすことになりかねない。一旦掲載された口コミは、消すことは難しいが、逆に良い口コミをたくさん載せて、それらを打ち消すのも一つの方法だ。

  • 退職者面談

     退職が決まった後、冷静に話す機会がなければ「なぜ退職に至ったのか」がわからずじまいになる。退職には、キャリアアップのような「ポジティブ」なものと、そこで働くことが嫌になったという「ネガティブ」なものが存在する。大半の退職理由はネガティブ要因が多く、本当の理由を会社側が知らなければ、いくら人が入っても穴の空いたバケツのように辞め続けてしまう。そこで退職者面談が必要になる。ただ、ほとんどの場合は真実を告げずに辞めていくことのほうが大半で、本当の理由はわからずじまいのままとなる。そこで、直属の上司はあえて避けて、同僚や別の部署の上司などが面談すると、本当の理由が聞き出しやすくなる。

  • 退職を防ぐ

     退職理由で多いのは、「仕事を強要される」「残業が多い」「キャリアアップが見込めない」「仕事に楽しさが見いだせない」「人間関係の悪化」などがある。いずれも会社からの強烈なコントロール下で、やる気を見いだせなくなるようだ。賃貸管理業の中でも、特に現場担当者やクレーム対応を受ける人は、ルーティーンでこなす目の前の仕事が窮屈になり、自分が成長しているのかどうかも見いだせず辞めていってしまう。退職を防ぐためには、とにかく現状で働くための動機付けやモチベーションを上げることが大切だ。そのためには、ある程度の決定権を与え、仕組みづくりや業務改善など、思い切って「自由にやらせる」ことがよい。同じ仕事でも「言われてやる」ことと、「自分で決めた」ことは、重みが違う。多少失敗があったとしても、おおらかな目で見守りどんどんチャレンジさせることが、従業員を育て長く働いてもらうための解決策ではないだろうか。

     退職による損失は、目の前のことばかりに目を奪われがちであるが、将来にわたって見えない損失をもたらしていることになる。どんな人でも最初から完璧な人などいない。人材を「育てる」ことに意識を向けて長く働いてもらえる環境づくりをしていかなければならない。

     

    Point

    • 従業員が「なぜ退職するのか」を把握する。
    • 退職者から後継者への引継ぎで、情報のすべてを移管するのは難しいことが多いため、日ごろから入居者やオーナーとの対応履歴をとって、情報共有をする。
    • インターネット上に投稿される会社への悪い口コミに気を付ける。
    • 同僚や別の部署の上司などが退職者と面談をして、辞める本当の理由を聞き、今後の人材の育成に役立てる。
    • 人材を育てることに意識を向けて、モチベーションが上がるような仕組みや業務改善を行う。
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