賃貸相談

月刊不動産2025年7月号掲載

建物賃借人の退去後に発見された土壌汚染

弁護士 江口正夫(江口・海谷・池田法律事務所)


Q

 当社は、所有地上に4棟の建物を建築し、これらを賃貸してきました。
 1号棟の賃借人Yは溶射機器の製造販売等を業とする会社で、その工場として1号棟を使用してきました。
 2号棟の賃借人Z1は物販店舗、3号棟の賃借人Z2は電気会社、4号棟の賃借人Z3は資材会社でしたが、4棟の各賃貸借が終了して賃借人らが退去した後、土壌を調査したところ、トリクロロエチレンが汚染土壌処理基準を超える数値で発見されました。
 当社としては、同物質を扱っていると思われるのは工場を営んでいた賃借人Yだと思いますので、Yに対して土壌調査費用として土壌汚染対策工事および土壌搬出工事費用を請求したいと思います。建物賃貸借において、賃貸していない土地についての原状回復費用相当額は請求できるのでしょうか。請求できるとすると、どのような基準で、誰に対して請求するのが正しいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  賃借人は、建物の賃貸借においては、 敷地である土地に損傷を与えた場合には、賃借物ではない土地についても原状に復した上で返還する義務を負うと解されており、自らが原因者となっている土壌汚染を除去しないまま返還すれば、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります。
     土壌汚染の原因者が必ずしも100%特定できない中でも、当該賃借人の建物の使用状況や、他の賃借人を含む全ての賃借人の有害物質の使用状況、土地建物の過去の使用履歴、汚染物質の検出場所と賃借人の使用状況など、具体的な事実に基づいて、原因者を判断することが行われています。

  • 建物賃貸借において発生した土壌汚染の責任

     建物賃貸借契約において、賃借人は、契約終了時に、賃借した建物について原状回復義務を負いますが、その敷地に損傷を与えれば、敷地に対しても、これを原状に復した上で返還する義務を負っていると解されています(東京地判平19・10・25 判例タイムズ1274号185頁)。
     したがって、土壌汚染を発生させた賃借人は、本件土地について汚染物質を取り除き、原状に復した上で賃貸人に返還しなければならない義務を負っており、土壌汚染を除去しないまま本件建物を返還した場合には、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります。

  • 汚染原因者の判断

     土壌汚染が発生した土地上に1棟しか建物が立っておらず、賃借人も1人だけという場合は、その土地の過去の使用履歴から、当該賃借人が使用を開始する以前に、当該汚染物質が使用された形跡がないことが明らかであれば、汚染原因者は当該賃借人である蓋然性が高くなります。
     しかし、当該土地上に複数の建物が存立しており、多数の賃借人がいる場合は、汚染原因者が誰か、すぐには判然としない場合があります。このような場合、裁判例では、土地建物の過去の使用履歴から、賃貸借開始前に当該汚染物質が使用された形跡が認められない場合には、各賃借人の建物の使用状況、各賃借人の業務内容から当該有害物質の使用が認められるか否か、汚染物質の検出場所と各賃借人の占有使用場所の位置関係等々の個別具体的な状況から、汚染原因者を判定しています。

  • 裁判例

     賃貸人が、その所有地上に2棟の建物を建設し、これを合計4区画に分割して賃貸していたケースで、賃借人の1人であるYは、各種溶射機器およびその部品、溶接材料および溶射機器の関連・周辺機器の輸出入、製造販売等を業とする会社で、その他はエンジニアリング会社、接着剤団体、電気会社が入居していたところ、賃借人らの退去後、トリクロロエチレンと鉛が発見されたという事案ですが、Yの会社は、鉛、ホウ素、フッ素およびトリクロロエチレンを使用していたことが判明しています。
     裁判では、Yは、本件土壌汚染の原因がYによる本件建物の利用であるとの証明はなく、むしろ、そうとはいえない蓋然性の方が高いとして反論をしています。
     これに対し、判決は、Yが本件土壌汚染の原因者であるとの認定に疑義を挟む余地がないわけではないが、①Yが本件建物において汚染物質と同じトリクロロエチレンおよび鉛を使用していたこと、②Y以外の賃借人がトリクロロエチレンを使用せず、鉛も日常的に使っていなかったこと、③本件建物のコンクリートにひび割れが生じていた可能性が認められること、④Yの作業所と汚染物質が検出された場所に近接性が認められること、⑤Yによる汚染以外の汚染原因を認めるに足りる証拠がないこと等を根拠に、Yに対し土壌調査費用として土壌汚染対策工事および土壌搬出工事費用の支払いを命じました(前掲東京地判平19・10・25)

今回のポイント

●建物の賃借人は、その敷地に損傷を与えた場合には、土地についても原状回復義務を負い、それを履行しないときは、不法行為ではなく、債務不履行責任を負う。
●建物の賃借人は、建物の使用状況から、発見された有害物質と同様の物質の使用が認められ、汚染の発見場所と賃借人の占有地点との近接性や、ほかに原因が見出せない場合には、汚染原因者としての責任が認められる場合があり得る。

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