賃貸相談

月刊不動産2019年6月号掲載

借家の買取契約の不履行と借家契約終了の可否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)


Q

賃借人から、借家を買い取りたいとの要望があり、代金の支払いは2年後で、2年後に代金を支払わない場合は借家を明け渡すとの約定で、借家の売買契約を締結しました。2年後の期限に賃借人が買取代金を支払わない場合、明渡請求は認められるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     賃借人との間で借家の売買契約を締結し、「賃借人が約定の期限に売買代金を支払わない場合は、賃借人は賃借建物を明け渡す」旨の特約は、賃借人に売買契約の債務不履行があると認められ、裁判例では、賃貸借の条件付合意解除契約であると判断されています。旧借家法時代の裁判例で、売買代金を支払わない場合には賃借建物を明け渡す旨の特約は、特別な事情がない限り、借家法1条ノ2に反し、賃借人に不利な特約であるため無効であるとした例があります。したがって、売買契約の不履行という事実のみではなく、真に建物賃貸借契約を終了させることがやむを得ないと認められる特別の事情が必要と考えられます。

  • 1. 賃貸人・賃借人間の解約合意の効力

    (1)借地借家法による賃貸借終了に関する規定
     期間の定めがある建物賃貸借契約を締結すると、期間の満了時に賃貸借契約を終了させるためには、期間満了の1年前から6カ月前までの間に更新拒絶の通知をしなければならず(借地借家法26条1項)、かつ、更新を拒絶する正当な事由が必要とされています(同法2 8 条)。また、賃貸人から契約期間内に賃貸借契約を解約するには、6カ月の予告期間を設け、かつ、正当事由が必要とされています。旧借家法においても、現行借地借家法においても、賃貸人側から賃貸借契約を終了させることについては、厳しい制限がなされています。

    (2)期限付解約合意の効力
     これに対して、当事者の合意によって賃貸借契約を解約することは、契約自由の原則からすれば、いつでも自由にできるかのように思われがちです。確かに、当事者が真に賃貸借契約を終了させる意思を有しており、賃貸借契約を終了する旨を合意するとともに、直ちに明渡しを完了しているような場合は、それほど問題を生じない場合が多いと思われます。しかし、問題となるのは、賃貸借契約の解約については合意するものの、明渡期日は合意の日から1年ないしは数年後の将来の日としているケースです。このように、一定の期限を設けて解約の合意がなされる場合を、期限付解約合意といいます。

    (3)借地契約における期限付解約合意の効力
     借地契約における期限付解約合意の有効性について、最高裁第三小法廷昭和44年5月20日判決では、「従来存続している土地賃貸借につき一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約は、借地法の適用がある土地賃貸借の場合においても、右合意に際し貸借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、しかも他に右合意を不当とする事情の認められないかぎり許されないものではなく、借地法11条に該当するものではないと解すべきである」と判示しています。

    (4)借家契約における期限付解約合意の効力
     建物賃貸借契約については、最高裁昭和31年10月9日判決は、「従来存続している家屋賃貸借について一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約をすることは、他にこれを不当とする事情の認められない限り許されないものでなく、従つて、右期限を設定したからといつて直ちに借家法にいう借家人に不利益な条件を設定したものということはできない」とする原審の判断を、相当なものとして是認する判断を示しました。
     裁判例においては、上記の「合意に際し貸借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由」や「他に右合意を不当とする事情」の認められないこと、「他にこれを不当とする事情」の認められないことの要件の認定は厳しく、期限付解約合意が有効とされる例はさほど多いとはいえないのが実情かと思われます。

  • 2. 借家の売買契約の不履行と借家契約の終了の合意

     上記のように、一定の期限を設け、将来、その期限が到来すると賃貸借契約を終了させるという期限付解約合意は、無条件に有効と認められるわけではなく、厳しい制限が課せられています。そうすると、賃貸人と賃借人との間で、借家の売買契約を締結し、賃借人が売買契約に違反して、「売買代金を支払わなければ、借家契約を終了させる」旨の合意をした場合には、借家人自身に借家の売買契約の違反があるのですから、単なる期限付解約合意の場合とは異なり、かかる合意は有効と解することができるかという点が問題となります。
     この点についての裁判例としては、京都地裁昭和46年1月28日判決があります。事案は、賃借人が賃貸人に対し、3年後に建物の所有者である賃貸人が賃借人に建物を譲渡することを求め、3年後に賃借人が建物の買取りをできない場合には、さらに3年間の家賃を無償にして立退料20万円を受け取り、賃貸建物を明け渡すという合意内容でした。裁判所は、かかる合意は、停止条件付解約合意ととらえています。停止条件は、賃借人が期日に建物の代金を支払って買取りを実行しないということになります。このような条件付の解約合意も、特別の事情のない限り、借家法1条ノ2の規定に反する賃借人に不利な特約として無効になるとの判断を示し、当該事案については、3年間の買受期限、条件成就後さらに3年間の無償の明渡し猶予期間、20万円の立退料支払いの約定があるが、これだけでは特別の事情があるとはいえないとの判断を示しています。

今回のポイント

●期間の定めのある賃貸借は、賃貸人が更新を拒絶するには正当事由を具備し、かつ、1年前から6カ月前までに更新拒絶の通知を行う必要がある。また、賃貸人が期間内解約により賃貸借を終了させるには正当事由を具備し、かつ6カ月の予告をもって解約通知をする必要がある。
●期限付解約合意は、貸借人が賃貸借を解約する意思があると認められる合理的客観的理由があり、しかも他に、その合意が不当である事情がない場合に限り、認められる。
●借家の売買契約に反し、「賃借人が売買代金を支払わない場合は賃貸借を終了させる」旨の特約は、特別の事情が認められない限り、当然に有効とされるものではない。

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