法律相談

月刊不動産2021年11月号掲載

中古マンションの雨漏り

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

最近中古マンションを購入し、居住しています。物件状況等報告書には「現在まで雨漏りを発見していない」と記載されていましたが、実は売主が以前の雨漏りを隠していたことがわかりました。購入後、雨漏りが発生しています(日常生活には支障がない程度です)。売買契約の無効または取消し、契約解除、損害賠償請求の主張をすることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 回答

     売買契約の無効または取消し、および契約解除はいずれも主張できません。しかし、損害賠償を請求することはできます。

  • 2. 裁判判例

     ご質問と類似の事案が訴訟で争われたケースが、東京地判令和2.2.26(2020WLJPCA02268014)です。

    Ⅰ 事案の概要
    (1)Xは、平成27年8月9日、Y(宅建業者)から、売買代金1,200万円でマンションの610号室(本件住戸)を購入し、同月31日に引渡しを受けた。その後、配偶者とともに居住している。本件住戸は、昭和53年6月15日に建築されたマンションの一室である。
     売買契約前にYが作成し、Xに交付した物件状況等報告書には、「1.売買物件の状況」のうち「①雨漏り」の項目には、「ア.現在まで雨漏りを発見していない」に丸印がつけられていた。
     しかし、平成27年10月11日、本件住戸のバルコニー側洋室天井から雨漏りが発生した。この雨漏りについては、修繕工事は未了だが、管理組合が管理組合の費用をもって修繕工事を行うことになっている。

    (2)ところで、Yは、平成27年6月29日、Eから本件住戸を購入しており、これに先立って、EがYに対して交付した同年4月11日付け物件状況等報告書には、「①雨漏り」「イ.過去に雨漏りがあった。」(丸印)、「箇所:リビング」「修理・・・済」(丸印)、「平成27年4月頃」と記載されていた。Yは、Eからリビングで雨漏りがあったことを伝えられていたが、このことを、Xに秘して売却したものであった。

    (3)XはYに対し、売買契約の錯誤無効(※)、債務不履行による売買契約解除を主張し、また、説明義務違反による損害賠償を求め、訴えを提起した。

    (※) 本件は改正前の民法が適用となっているので錯誤無効の主張がなされたが、改正後の現行民法では、錯誤の効果は取消しに改められている。

    Ⅱ 裁判所の判断
    (1)錯誤について
     『本件住戸の雨漏りは、約23万円程度の費用で修繕可能な軽微なものであり、しかも、共用部分の瑕疵によるものであるから管理組合がその費用を負担するべきものであって、自己負担の必要はなく、管理組合自身も修繕の意向を示している。したがって、Xが望めばすぐに修繕されるものであって、マンションの築年数も踏まえると、客観的な価格に対する影響はほとんどないと考えられる。そうすると、本件状態であることにつき錯誤がなかったならば、表意者であるXのみならず、通常人であっても本件売買契約における意思表示をしなかったであろうと認められるほどにその錯誤が客観的に重要であるとまではいえない。したがって、Xに要素の錯誤があるとは認められず、これに関するXの主張は理由がない』として、錯誤無効の主張は否定されました。

    (2)債務不履行による契約解除について
     『当事者が契約をなした主たる目的の達成に必須でない附随的義務の履行を怠ったにすぎないような場合には、特段の事情が存しない限り、相手方は当該契約を解除することができないものと解するのが相当であるところ(最高裁判所昭和36年11月21日判決)、本件雨漏り歴自体は生活に直ちに影響を及ぼすものではない上、本件売買契約締結に至る経過において、本件雨漏り歴が当事者間において重大視され又は契約の前提とされていたことは何らうかがえない。したがって、上記義務違反は、本件売買契約締結の目的達成に重大な影響を与えるものではなく、附随的な義務の不履行にすぎないとみるべきであるから、Xがこれを理由に本件売買契約を解除することはできない』として、債務不履行による契約解除も否定されています。

    (3)説明義務違反による損害賠償請求について
     『Yは、Xに対し、本件住戸に本件雨漏り歴があるのに、それがない旨事実と異なる説明をし、かつ、本件雨漏り歴を知りながら故意に隠したものであって、これは信義誠実の原則に著しく反するものであるといわざるを得ない。そうすると、Yの上記虚偽の説明は、違法行為と評価するのが相当であり、不法行為に基づく損害賠償請求権により、Xが被った損害を賠償する責任を負う』として、説明義務違反による損害賠償請求は肯定されました。

今回のポイント

●売買契約に錯誤があり、その錯誤が法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき(改正前の民法では、要素の錯誤があったとき)は、契約を取り消すことができる(改正前の民法では無効)が、錯誤が重要なものでないときには、取消し(または無効の主張)はできない。
●売主に債務不履行があっても、契約をなした主たる目的の達成に必須でない附随的義務の履行を怠ったにすぎない場合には、契約を解除することはできない。
●住戸に雨漏り歴がありながら、このことを隠して雨漏り歴がないという説明をし、売買契約を締結させることは信義誠実の原則に著しく反するから、このような場合には、売主は、買主に対して、不法行為に基づく損害賠償請求義務を負う。

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