賃貸相談

月刊不動産2011年2月号掲載

高齢借家人の死亡と同居人への明渡し請求

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

高齢の借家人が死亡しました。相続人は他県に居住している子ら2人だそうです。借家人には同居している内縁の妻がいるのですが、借家人の死亡に伴い明渡しを請求することができるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.借家権の相続性と同居人

     建物を利用するための契約には、建物使用貸借と建物賃貸借とがあります。建物使用貸借とは、建物を無償で利用する契約で、親族間等でよく行われる契約ですが、民法では、使用貸借は借主の死亡により終了するものと定められています。

     これに対し、賃料を支払って建物を使用収益する権利である借家権は相続性が認められており、借家人が死亡した場合では、その相続人が借家権を相続すると規定されています。民法の規定に従えば、本件では相続人である他県に居住する借家人の子ら2人が借家権を承継することになります。我が国の相続法制上は、法律上の婚姻関係を形成していない事実上の夫婦である内縁の妻や養子縁組届出をしていない事実上の養子は、例え借家人と同居している者であっても相続権が認められていません。したがって、事実上の夫婦である内縁の妻や事実上の養子は借家権を相続できないことになります。

    2.内縁の妻と事実上の養子に関する特例

     民法の規定によれば、同居していた内縁の妻や事実上の養子には建物を利用するための法的権原が認められず、借家への居住を継続できなくなるおそれがあります。

     このため、昭和41年の法改正により、旧借家法第7条ノ2では「居住ノ用ニ供スル建物ノ賃借人ガ相続人ナクシテ死亡シタル場合」には、婚姻届や養子縁組届をしていなくても、借家人と事実上夫婦又は養子と同様の関係にある同居人は借家人の権利義務を承継するものと定めました。ただし、同居している内縁の妻又は事実上の養子が、借家人が相続人なしに死亡したことを知った後1か月以内に賃貸人に反対の意思を表示したときは、借家人の権利義務を承継しないものとされています。この規定は、現行の借地借家法36条に継承されています。

     したがって、借家人と同居していた者のうち、事実上の夫婦又は事実上の養親子関係にあった者は、借家権を承継することを可能とする規定を設けることにより、いわゆる内縁の配偶者又は事実上の養子の居住の保護が図られているのです。この規定は、高齢化社会を迎え、高齢の借家人が内縁の妻や事実上の養子と居住している場合があり得ることから、現在においても意義を有しているものといえます。

    3.借家人に相続人がいる場合

     前述の特例により、内縁の妻や事実上の養子の居住の安定が完全に保障されたかといえば、必ずしもそうとはいい切れません。なぜなら、旧借家法第7条ノ2及び現行の借地借家法36条の規定は、借家人が「相続人なくして死亡」したことが要件となっている規定です。したがって、本件のように、死亡した借家人には他県に居住する相続人がいる場合には適用されないのです。

     本件では、借家人には相続人がいますので、借家人と同居していた内縁の妻は借家権を承継することはできません。したがって、内縁の妻は建物の使用収益を継続する法律上の権利を有しているとは認められないことになります。この建物の借家権を承継したのは借家人の子ら2人です。

     そこで、賃貸人が借家人の内縁の妻に対して建物の明渡しを請求することができるかということですが、本来的には、内縁の妻は借家権を承継していない以上は建物を使用収益することのできる権原を有していないのですから、賃貸人からの明渡し請求は可能であるように見えます。しかし、最高裁判所の判例では、借家人に相続人がいる場合には、たとえ同居の内縁の妻等があったとしても、借家権は相続人に相続されるとした上で、同居者であった内縁の妻は、相続人が相続した借家権を援用することができるとの判断を示しています。内縁の妻が相続人の借家権を援用できるということは、借家権を援用してそのまま使用収益を継続できるということですから、賃貸人の明渡し請求は認められないということになります。
    ちなみに、相続人が内縁の妻に明渡し請求をした場合には、最高裁の判例では相続人の内縁の妻に対する明渡し請求が権利の濫用にあたり認められないとしたものがあります。

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