賃貸相談

月刊不動産2004年2月号掲載

隣近所に迷惑な賃借人

弁護士 田中 紘三(田中紘三法律事務所)


Q

隣近所に迷惑行為を繰り返す賃借人に対しどのように対処したらいいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃借人に賃料不払い等の債務不履行がない場合でも、賃借人が大きすぎる生活騒音を出したり、賃貸人に暴力をふるったりするような迷惑行為をする場合、賃貸人はそのような理由で賃貸借契約を解除できるのでしょうか。

    2.まず、賃借人が生活騒音により近隣迷惑行為をしている場合について考えてみます。そもそも、賃借人には、賃貸借契約の定めやアパートという建物の用法に従って賃借建物を使用収益しなければならない義務(用法遵守義務)があります。そこで、賃貸借契約の中に、「賃借人は近隣迷惑行為をしてはならない」旨の特約がある場合だけでなく、このような特約がない場合でも、近隣迷惑行為をしないようにするという義務は用法遵守義務に含まれ、賃借人は信義則上、このような義務を賃貸人に負うと考えることができます。

    3.もっとも、他方において、人が社会の中で他の人々と生活していく以上、他人による騒音にさらされることは避けられません。ことにアパートのような建物では各戸間の音を互いに完全に遮断するということは実際上不可能です。したがって、賃借人の出す生活騒音が近隣住民にとって社会生活上受任すべき限度を超えないのであれば、賃貸人は近隣迷惑行為を原因として賃貸借契約の解除をすることはできません。

    4.賃借人の出す生活騒音が社会生活上受忍すべき限度を超え、賃貸人との信頼関係を破壊するに至った場合はどうでしょうか。この場合、上記のとおり、賃借人は用法遵守義務違反が認められるので、賃貸人は、賃借人との信頼関係破壊を理由に賃貸借契約を解除できます。むしろ、賃貸人が、賃貸借契約を解除しないで放置すると、隣室に居住する賃借人から、賃貸人として建物を(隣室居住者に)使用収益させる義務を怠ったとして損害賠償請求を受けることにもなりかねません。

    5.では、賃借人が賃貸人に対して暴力的行為をする場合はどうでしょうか。この場合、賃借人の行為は、厳密に言えば、賃貸借契約における義務違反があったということにはなりません。しかし、裁判例においては、賃借人の義務違反には賃貸借契約の要素だけでなく、客観的にみて賃貸借契約上の権利義務の遂行に密接な関係を有する義務に反する行為も含まれるとされており、賃借人の暴力的行為が賃貸人との信頼関係を破壊させるものであれば、賃貸借契約を解除しうることになります。

    6.具体的には、賃借人が賃貸借契約をめぐる紛争から賃貸人に損害を負わせ、謝罪や損害賠償を全くしないばかりか、その後も賃貸人の抗議にもかかわらず、ガレージを無断で築造した場合に、賃貸人に解除を認めた判例があります。他方、日ごろから、賃貸借契約をめぐり、賃貸人と賃借人が感情的に対立し、紛争が生じてお互いに殴る等の暴行を加えた事例について、解除を認めなかった裁判例があります。

    7.賃借人の賃貸人に対する暴言や暴力は、賃貸人と賃借人双方の長年の悪感情が背景となっていることがほとんどであり、普通は、賃借人に一方的な責任があり賃貸人には全く落ち度がない、とは言い切れないと思われます。そこで、賃借人の暴言や暴力があるだけで信頼関係が破壊されたとして、賃貸借契約を解除するのは困難でしょう。

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