法律相談
月刊不動産2012年2月号掲載
違法建物についての請負代金
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
建物の建築を請け負った工務店は、建物が北側斜線や日影などの建築基準法令に違反する違法なものであったとしても、建物を完成させれば、請負工事代金を請求することができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.違法建物について、建築工事の請負代金を請求することはできません。
2.さて、法律には公法(国と国民の関係を定める法律)と私法(私人間の関係を定める法律)があります。公法と私法は目的が異なる別の世界に属するのであり、公法違反と私法上の効力とは、基本的には関係しません。公法に違反しても、必ずしも私法上の効力が否定されるとは限りません。
建築基準法は公法であり、建築基準法の規制は、建築物の敷地、構造及び用途に関して最低の基準を定め、国民の生命、健康及び財産の保護を図るという一般公益保護を目的とします。建築請負契約に建築基準法違反があっても、当然に契約が無効になるものではなく、違法建物に対しては、本来的に是正命令等の行政上の措置や罰則による対応が予定されています。
しかし、公法たる建築基準法にも、北側斜線制限・日影規制など近隣居住者の利益保護を目的とする定めや、耐火構造など居住者の生命身体の安全確保のため必要な定めなど、ただ一般公益を保護しようとするにとどまらず、具体の居住者の利益保護のための規定もあります。請負契約が、このような規定に違反し、かつ、悪質な方法で第三者の利益を故意に侵害する場合など、社会的妥当性の観点からみて是認できない場合には、公法上違法とされるだけでは不十分です。
請負契約が建築基準法に違反する程度(軽重)、内容、その契約締結に至る当事者の関与の形態(主体的か従属的か)、その契約に従った行為の悪質性、違法性の認識の有無(故意か過失か)などの事情を総合し、強い違法性を帯びると認められる場合には、公法上違法というにとどまらず、請負契約は強行法規違反ないし公序良俗違反として、私法上の効力も否定されることになります。3.北側斜線制限、日影規制、容積率・建ぺい率制限などに違反する建物建築を目的とする請負契約について、請負契約を無効とし、工務店から発注者に対する請負工事代金請求を否定した最高裁判決が公表されています(最高裁平成23年12月16日判決)。
『本件契約は、違法建物を建築する目的の下、建築基準法所定の確認及び検査を潜脱するため、確認図面のほかに実施図面を用意し、確認図面を用いて建築確認申請をして確認済証の交付を受け、いったんは建築基準法等の法令の規定に適合した建物を建築して検査済証の交付も受けた後に、実施図面に基づき違法建物の建築工事を施工することを計画して締結されたものであるところ、上記の計画は、確認済証や検査済証を詐取して違法建物の建築を実現するという、大胆で、極めて悪質なものといわざるを得ない。
加えて、本件建物は、当初の計画どおり実施図面に従って建築されれば、北側斜線制限、日影規制、容積率・建ぺい率制限に違反するといった違法のみならず、耐火構造に関する規制違反や避難通路の幅員制限違反など、居住者や近隣住民の生命、身体等の安全にかかわる違法を有する危険な建物となるものであって、これらの違法の中には、ひとたび建物が完成してしまえば、事後的にこれを是正することが相当困難なものも含まれていることがうかがわれることからすると、その違法の程度は決して軽微なものとはいえない。
X(工務店)は、本件契約の締結に当たって、積極的に違法建物の建築を提案したものではないが、建築工事請負等を業とする者でありながら、上記の大胆で極めて悪質な計画をすべて了承し、契約締結に及んだのであり、Xが違法建物の建築というY(発注者)からの依頼を拒絶することが困難であったというような事情もうかがわれないから、本件建物の建築に当たってXがYに比して明らかに従属的な立場にあったとはいい難い。以上の事情に照らすと、本件建物の建築は著しく反社会性の強い行為であるといわなければならず、これを目的とする本件契約は、公序良俗に反し、無効であるというべきである。』
4.耐震強度偽装事件によって、建築関連の法制度が大きく改善されましたが、東日本大震災などもあり、住まいの安全は、まだまだ注目を集める大きなテーマです。万一の災害や火災をも想定し、安心して住み続けることができる住まいを提供することは、住宅供給に携わる人々の社会的責任ということができます。
宅建業者は、建設業者と協働してこの社会的責任を果たさなければならず、取引対象が法令を遵守した建物であるか否かには、細心の関心を払うべきです。本稿でとりあげた最高裁判決は、建設業者にとってだけではなく、宅建業者にとっても大事な裁判所の判断です。