賃貸相談
月刊不動産2004年9月号掲載
連帯保証人への滞納家賃請求と敷金からの控除請求
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
賃借人が家賃を滞納したので連帯保証人に家賃を請求したところ、「自分は保証人だから、賃貸人が差し入れた敷金で不足する分だけを支払えば足りるはずだ」と言われています。どうすればよいでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.敷金に関する約定と問題点
一般に、賃貸借契約では、ほとんどの契約書に、敷金については、「賃貸人は賃貸借契約期間中は、未払賃料と敷金とを相殺することはできない。」という趣旨の規定が定められています。この規定は、賃借人がいくら敷金を預けていようと、賃料を滞納した場合に賃借人の側が、預けている敷金から未払賃料分を充当して、賃料滞納がなかったことにしてくれと要求する権利はない、ということを定めたものです。
したがって、賃借人が賃料を滞納した場合に、自分は敷金を預けているのだから、未払分は敷金から充当してほしいと要求することがありますが、こうした要求は、上記の敷金に関する条項に違反することになり賃借人は賃貸借契約上もこのような権利を有していないことが明確にされています。
しかし、このような扱いは、賃貸借契約書に上記のような敷金に関する条項が定められていることによって初めて可能なのでしょうか。逆にいえば、賃貸借契約書に上記のような敷金に関する条項が定められていなかった場合には、賃借人からの滞納賃料は敷金から充当してほしいと要求された場合には拒否できないのでしょうか。また、要求してきたのが賃借人本人ではなく、賃借人の連帯保証人である場合などは、本来、保証人は主たる債務者(賃借人)が支払う財産がない場合に主たる債務者に代わって保証責任を果たすものだとすると、主たる債務者が預託した敷金があるような場合には、まず敷金から滞納家賃を差し引いて、残りの不足額を連帯保証人が保証すれば足りるということにならないか、ということが問題となります。2.敷金の法的性質と滞納家賃との相殺の可否
敷金は、賃貸借契約締結時あるいは締結後に、賃借人から賃貸人に預託される金銭で、賃料債務や原状回復債務等その他賃貸借契約に基づき発生する賃借人の賃貸人に対する債務を担保するために交付される金銭をいいます。
この敷金の法的性質は、「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借契約終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に取得する一切の債権を担保するものであり、その返還請求権は、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時点において、それまでに生じた右一切の非担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額についてのみ発生する。」ものとされています(最高裁昭和48年2月2日判決)。
つまり、滞納賃料と敷金との相殺とは、賃料債権と敷金返還請求権とを相殺するわけですが、相殺の対象となる敷金返還請求権は、「賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時点において、それまでに生じた右一切の非担保債権(未払賃料・原状回復費用等)を控除してなお残額がある場合に、その残額についてのみ発生する。」とされているのです。したがって、賃貸借契約期間中は、いまだ明渡しも終わっていませんので、敷金は最終的に返還すべきものがあるか否かは分かっておらず、相殺しようにも相殺ができないということになります。
上記の敷金の法的性質からすると、賃貸借契約で敷金に関する上記の特約があるか否かにかかわらず、賃借人は未払賃料と敷金とを相殺することはできないことになります。3.連帯保証と滞納家賃の敷金充当要求
連帯保証人からの敷金充当要求については、敷金の法的性質からすると、契約期間中に滞納賃料と敷金との相殺はだれが主張してもできないように思われますが、他方で、保証人は主たる債務者が支払ができない場合に、主たる債務者に代わって支払を行うという点からすれば、保証人は賃借人が預託していた敷金では不足する分だけを支払えば足りるのではないかとの疑問もあり得ます。このため、連帯保証人ではなく、普通の保証人の場合には、まず主たる債務者の財産に強制執行して足りない分だけを保証人が保証するので(これを「検索の抗弁権」といいます。)、普通の保証人は敷金からの控除を要求できるという見解もないわけではありません。