法律相談
月刊不動産2007年2月号掲載
通路時効取得の対抗要件
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
自宅から公道に通じる他人所有の通路を22年前から自分のものとして占有使用していますが、最近第三者が元の所有者から所有権を取得して登記し、トラブルになっています。私には登記はありませんが、第三者に所有権を主張できるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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ご質問者は、22年前から通路を自分の物として占有していますので、時効取得が完成し、通路の所有権を取得しています。しかし所有権を時効取得した者であっても、時効完成後の第三者に権利を主張するには、登記が必要です。したがって登記を経由していない以上、原則的には第三者に時効取得を主張することはできません。もっとも第三者があなたの長年にわたる通路占有を知っており、登記の欠缺けんけつ(不存在)を主張することが背信的と認められるときは、登記がなくとも、時効取得を主張できることになります。
さて一定の事実状態が長期間継続している場合には、その事実状態を保護することが社会の安定に役立ちます。そのため所有の意思をもって、平穏かつ公然に他人の不動産を占有した者は、占有の期間が20年間を経過すれば(占有の開始の時に、善意でかつ過失がなかった者については10年間)、その所有権を取得するとされています(民法162条)。これが取得時効の制度です。
他方民法177条には、不動産に関する物権の得喪及び変更は、登記をしなければ、第三者に対抗することができないと定められています。そして取得時効と民法177条の関係については、次のように解されています(取得時効を主張する者をSとします)。
(1)Sが、占有開始時の所有者Aに対して時効を主張するには、登記は不要である
(大審院大正7年3月2日判決)。(2)Sが、時効完成前にAから土地を譲り受けたBに対して時効を主張するにも、登記は不要である
(最高裁昭和41年11月22日判決)。(3)Sが、時効完成後にAから土地を譲り受けたCに対して時効を主張するには、登記が必要である
(大審院大正14年7月8日判決)。すなわち(1)や(2)の場合は、SがAやBから土地を譲り受けたときのように、対抗関係とはならないけれども、(3)の場合は、AがCとSに不動産を二重譲渡したような関係となるから、対抗関係になると考えられているわけです。
ところで新たな権利の取得者が民法177条の第三者として保護を受けるかどうかについては、一般的にはその善意・悪意を問われませんが、新たな権利取得者が、実体上すでに物権変動があった事実を知る者であって,物権変動に関する登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情がある場合には,登記の欠缺を主張する正当な利益がなく,民法177条にいう第三者に当たらないとされます(最高裁昭和40年12月21日判決)。この法理によって民法 177条の第三者に該当しないとされる者を、背信的悪意者といいます。時効完成後における対抗問題についても、登記を取得した第三者が背信的悪意者に該当するときには、登記を経ずとも時効による権利取得の主張ができます。
時効取得に関する背信的悪意者排除の法理について、最近、最高裁が注目すべき判断を下しました。
「甲が時効取得した不動産について、その取得時効完成後に乙が不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した場合において、乙が、不動産の譲渡を受けた時点において、甲が多年にわたり不動産を占有している事実を認識しており、甲の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは、乙は背信的悪意者に当たるというべきである。
取得時効の成否については、その要件の充足の有無が容易に認識・判断することができないものであることにかんがみると、乙において、甲が取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識していなくても、乙が甲による多年にわたる占有継続の事実を認識していれば、背信的悪意者と認められる場合があるというべきである」(最高裁平成18年1月17日判決)。ご質問のケースでも、通路の所有権を登記した第三者が、多年にわたってのご質問者の通路占有の事実を認識している者であって、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情があれば、ご質問者に登記がなくとも時効による所有権取得を主張することができるわけです。