法律相談

月刊不動産2014年3月号掲載

近隣の暴力団事務所についての売主の説明義務

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

会社の本社ビルを建築する目的で土地を購入しましたが、道路を隔てた向かい側に暴力団事務所が存在していました。売主から説明は受けていません。説明義務違反に基づいて、売主に対して売買契約を解除することができるでしょうか。また、損害賠償請求をすることは可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 回答

     説明義務違反に基づく契約解除はできませんが、売主に対する損害賠償請求は可能です。

    2. 売主の説明義務

     契約の一方当事者が、契約の締結前に、契約を締結するか否かに関する相手方の意思決定に影響を及ぼすべき情報を知っていたときは、これを説明する信義則上の義務が生ずる場合があります。土地は日常的な活動の場ですが、人にとって平穏な生活が乱される居住環境にある場合には、心理的に安全な使用が妨げられます。道路を隔てて暴力団事務所が存在していることは、買主の意思決定に影響を及ぼしますから、売主の説明義務の対象となりうる事実です。

    3. 東京地裁平成25年8月判決

    (1)事案の概要

     X社は、宅建業者であるY社から、従業員宿舎、サーバールーム等として利用する建物を建築する目的をもって、東京都港区所在の土地206.90m2(本件土地)を購入した。道路を隔てた向かい側にあるビル(本件ビル)内には暴力団事務所があったが、X社は、この事実を知らず、Y社から説明を受けてもいなかった。Y社は競売手続で本件土地を取得しており、この事実を知っていた。

     X社は、Y社に対して、①説明義務違反による契約解除、②説明義務違反による損害賠償請求、③瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求を求めた。裁判所は、以下のとおり、①は否定し、②は肯定した。③については、隠れた瑕疵であること自体を認めず、請求を否定した(東京地裁平成25 年8月21 日判決。以下「東京地裁平成25年8月判決」という)。

    (2)説明義務違反による契約解除の可否

     『契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、当該一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない。すなわち、説明義務違反は、本件契約に基づく債務の不履行の問題ではないから、債務不履行を理由とする本件契約の解除も認められないというべきである(また、仮に説明義務を本件契約上の義務だと解したとしても、その違反は、契約の附随的義務の違反に過ぎないというべきであるから、解除の理由とはならない)』。

    (3)説明義務違反による損害賠償請求の可否

     『Y社は、本件競売手続において、最高価買受申出人から近隣のビルが指定暴力団の事務所として使用されていることを理由に売却不許可の申出がされ、追加の現況調査が行われ、補充評価書が提出されたという経緯を知っていたこと、Y社自身も競売に先立ち、本件ビルの存在が気になり、本件事務所が暴力団の事務所であるか否かを調査したこと、Y社は、調査の結果、本件事務所が「○○会系の興行事務所」であるとの認識はあったことが認められ、(…中略…)近隣に暴力団事務所又はこれに類する施設が存在することは、本件事務所の存在がX社が本件契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす重要な事項になり得ることはY社において容易に認識することができたと考えられる。

     Y社は、X社に対し、本件契約の締結に先立ち、本件事務所の存在及びこれについての自己の調査結果を告知することはなかったのであるから、信義則上の説明義務違反は免れない』。

    (4)瑕疵担保責任の成否

     『本件事務所は、暴力団関係者により使用されている事務所であっても、暴力団の活動の拠点となっている施設であるとまでは認められず、本件契約締結当時、本件土地上の駐車場に本件事務所の関係者と思われる者による違法駐車が散見されたほかは、本件事務所の存在により、具体的に近隣住民の生活の平穏が害されるような事態が発生していたわけでもないから、本件土地上に建物を建築して利用することが困難な状況にあるとは認められない。そうすると、本件土地が、一般の宅地が通常有する品質や性能を欠いているということはできない』。

    4. まとめ

     心理的ないし環境的欠陥の問題は、不動産取引に携わる宅建業者にとって重要であり、現実的かつ深刻な問題として、具体的事案での対処が求められています。ところが、現実に生起する問題は千差万別であり、対応には苦慮せざるを得ないことも少なくありません。東京地裁平成25 年8 月判決は、日常の実務においても、参考にするべき重要な先例です。

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