賃貸相談
月刊不動産2003年6月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(13)
弁護士 瀬川 徹()
Q
私が賃借しているアパートの家主が死亡し、その妻と子ども3名がアパートを相続しました。その妻からは、家賃を妻に支払うよう通知が来ましたが、子どもの一人からも自分に支払うよう通知が来ました。子どもの一人からの通知には、自分に支払わないときは契約を解除するとまで書いてあります。私は、誰に家賃を支払えばよいのでしょうか。また、子どもの一人に支払わないときは、契約を解除されるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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アパートの所有形態が相続の結果共有になり、貸主も共有者である複数になりましたが、借主は、共有者全員から支払い先を指定していない本件の場合、その貸主の一人に家賃全額を支払えばよく、その支払いを続ける限り、他の貸主から契約解除をされることはありません。
「問題点と知識の確認」
1. 相続による貸主の地位の複数化
(1)アパートの共有化
アパートの所有者が死亡したことにより、相続が生じ、その所有権は、法定相続人らに承継されます。通常は、法定相続人らで協議し、誰かが単独相続するか、共同相続するかを決定します(遺産分割協議)。本件では、法定相続人の共同相続がされたようで、その結果、アパートは、法定相続人の共有に確定したようです。その共有持分は、相続する段階で法定相続人の協議により決めることができますが、場合により、法定相続分に応じた共有持分にする場合もあります。後者の場合には、妻は2分の1、子どもの一人は、6分の1となります。
(2)貸主の地位の複数化と意思の不統一
本件アパートの賃貸借は、相続が生じる前は、貸主が単独の契約でしたが、上記相続により、貸主の地位も共同相続人により承継され、現在は共同相続人全員となりました。その結果、貸主側の意向が何かの事情で統一されない本件のような場合、借主として対応に苦慮せざるを得ない場合が生じます。本件のように、家賃を誰に支払うのか、修理の要求は誰にするのか、契約解除はどのようにするのか等です。
2.共有物の賃料請求及び支払いは、どのように行使されるべきか。
共有物である本件アパートの賃料請求権は、本来共有者が共有持分に応じて有する共有債権です。しかも、債権の性質が金銭債権ですので、その持分に応じて権利行使がされる過分債権と考えられなくもありません(民法427条)。その考えに従えば、共有貸主が、各自、その持分に応じて借主に賃料の一部を請求することになります。しかし、共有物の賃料債権に関しては、たとえ共有債権であっても不可分債権と考えるのが妥当であるとの判決例があります(東京地裁昭和47・12・22判決)。可分(分割)債権とすると、共有物である建物全体を賃貸借していながら、貸主は、各自持分に応じた相当額しか賃料請求することができず、一方、借主も各自の貸主に対し持分相当額を別々に支払う煩わしさが生じることとなり、不都合であり、不可分債権(民法428条)と考えることが合理的であるとの考えです。
不可分債権と考える場合には、共有物の共同貸主は、原則として各自が共同貸主全員のために借主に対し賃料全額を請求することができます。その意味では、本件妻も子どもの一人も各自借主に対し賃料全額を請求できることになります。その反面として、借主は、請求する貸主のいずれかに対し賃料全額を支払えば、賃料支払い義務に履行したことになります(同法428条)。本件の借主は、請求する妻か子どもの一人に賃料全額を支払えばよいことになります。
もちろん、賃料を受領した貸主の一人は、共同貸主間でその賃料を持分に応じて分配する義務がありますが、それが円滑にされない場合にその争いに借主が巻き込まれる余地がありますが、それは貸主間の問題であり、法的に借主に問題が生じるものではありません。
なお、共同貸主の一人からの借主に対する請求は、共同貸主全体のために効力が生じますので、賃料請求権の消滅時効の中断などの効果も全体として生じます。
逆に共同貸主の一人が借主に賃料の免除をしても、他の貸主は借主に対しなお賃料を請求することができますので注意してください(民法429条)。3.共同貸主の賃貸借契約解除
本来契約当事者の一方が複数の場合、契約の解除は、その全員から行い、また、全員に対して行うこととされています(民法544条1項)。それに従えば、本件の場合、仮に借主に債務不履行があり、契約解除の問題が生じる場合にも、共同貸主全員から借主に対し解除の意思表示をする必要があります。子ども一人だけの解除はこの要件を欠くことになります。もっとも、本件のように共有物の賃貸借の契約解除に関しては、共有分の管理行為(民法252条)であるとして共有持分の過半数の意思で行うことができるとの考えの判決例があります(東京地裁昭和30・5・23判決)。この考えに従えば、子ども一人での解除は不可能です。
「実務上の留意事項」
共同貸主の場合、借主の権利行使(賃料請求や契約解除)並びに義務履行(目的物の賃貸義務や修繕義務)に関し、全て各貸主の共同歩調や意思統一が必要になります。共同貸主間で協議し、権利行使主体を決め、また、義務履行主体(法的に他の貸主が義務を免れるものではないが)を決めておくことが合理的です。
たとえば、賃料は、誰が請求し受領するか、賃貸物の保守修理等を行うものは誰か、契約解除の意思表示を受領する主体は誰かなどを決めておくことです。これらをできれば共有者全員で合意すれば、それを借主に通知することです。