賃貸相談
月刊不動産2003年2月号掲載
賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(9)
弁護士 瀬川 徹()
Q
アパートの貸主ですが、賃貸人の部屋に泥棒が入り金品を盗まれました。警察で捜査したところ、犯人が捕まり前の借主が従前作り所持していた合鍵を使い犯行を行ったことが確認されました。借主は、貸主に弁償するように求めています。支払わなければならないでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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どうやら鍵の交換をせずに新たな賃貸人に部屋を貸したようですね。賃貸借契約の定め方にもよりますが、場合により貸主は、借主の損害を賠償する必要がある場合が考えられます。
「問題点と知識の確認」
1.建物を賃貸する際の貸主の義務の内容
賃貸借契約の貸主は、借主から対価である賃料を取って借主に目的物を使用収益させる義務があります(民法601条)。この義務は、目的物を使用収益に適する状態にして借主に引き渡すのは勿論(最判昭35・10・11)、引渡し後も借主の使用収益ができるように努める積極的義務でもあります(大判昭5・7・26)。前者の内容から、例えば、農地の賃貸借の場合の農業委員会への許可申請手続きへの協力義務などが、また、後者の内容から貸主の修繕義務(民法606条)が生じると考えられています。アパートという居住目的の賃貸借の場合、目的の使用収益に適した状態にして建物を利用させることとは、「借主が安心して居住できる状態の物件にして利用させること」になります。貸主にはそうした配慮をする義務があります。安心という面では、「容易に第三者が侵入できない物件」とすべき義務があるでしょう。
2.「容易に第三者が侵入できない物件」とすべき義務の実現
(1)鍵の回収責任と鍵の交換義務の有無
容易に第三者が居室に侵入できないようにするためには、当然、施錠ができる部屋であることが必要でしょう。施錠により侵入を防ぐには、その鍵が賃貸借関係者以外の第三者に所持されてはいけないので、貸主は少なくとも旧借主からその部屋の鍵の全てを回収すべきです。それを怠り、その鍵で旧借主が侵入した場合、貸主の安全な部屋を貸す義務の不履行責任は免れません。また、旧借主が貸主に隠れて更に合鍵を所持していた場合も貸主は、現実にそのことを認識しなくとも、それだけ合鍵が容易に作れる場合には、そうした合鍵の所持の危険性が高いもの(安全性にかけるもの)を貸したとして責任を免れないとも考えられます。そうした場合には、貸主はそもそも入居者が交代する場合に鍵の交換をすべき義務があるとされているような場合には、貸主が鍵の交換をしなかったとしても貸す義務の債務不履行とはいえない場合も考えられます。
(2)鍵の交換義務と費用の負担
貸主にかぎの交換義務が存在するとの考え方に立てば、借主が交代する際の鍵の交換費用の負担者は、原則として貸主となります。契約に格別の約束をしなければ、貸主が交換義務を負い、費用負担をして交換すべきでしょう。しかし、この義務(民法601条)は、強行規定ではないので賃貸借の契約時に貸主・借主間で、貸主の鍵の交換義務や費用負担について免除し、交換する場合には貸主が負担するとの特約をした場合、公序良俗に反する内容でない限り有効と考えられます。借主に鍵の交換費用の負担をさせる特約の場合は、従前と同種同程度の鍵への交換費用の負担をさせることを前提にすべきで、貸主が鍵のグレードアップを考える場合にも、通常の鍵の交換費用を上回る部分については、借主に負担させるべきではないと考えます。
(3)貸主・管理者の鍵の紛失と責任
賃貸契約で貸主の鍵の交換義務を免除していても、貸主やその履行補助者(又は鍵の保管受託者)である管理人が鍵を紛失し、それを第三者が利用して侵入した場合には、貸主の貸す義務の違反であり責任が生じるでしょう。貸す義務の内容としての鍵の保管義務違反が生じています。
(4)ピッキングによる侵入と貸す義務の問題
近時、合鍵による侵入ではなく工具を用いた施錠の破壊による侵入の被害が多発しています。こうした施錠の破壊による侵入を上記の貸主の貸す義務の不履行と考えることは、通常では困難でしょう。当該施錠が通常一般に使用されており、通常の安全性が確保されていると考えられているものであれば、貸主にそれ以上のグレードの施錠の設置義務を要求することは困難と考えます。勿論、賃貸借の対象物件が特別の安全管理を謳い、そのため、極めて高額な賃料を設定していながら、劣悪な施錠しか設置していない場合には、貸主の貸す義務の債務不履行が考えられる場合があり得るでしょう。
「実務上の留意事項」
1.前記原則を前提にしながらも、賃貸借契約の最の当事者間の合意で現実の義務の有無並びに費用の負担者が決まります。原則に従うのか、貸主の鍵の交換義務を免除するのか、並びに免除する場合にも鍵の交換をする最に借主にどの程度の交換費用を負担させることを約束するのかなどできるだけ具体的に検討してください。
2.安全な状態の確保は、貸主・借主双方が望むものであり、貸主も2重施錠やシリンダー錠の常設など工夫し設備投資をすることが賃貸目的物の付加価値を高める事になり、賃料の維持向上に役立つことを念頭に置くべきでしょう。