賃貸相談

月刊不動産2003年1月号掲載

賃貸Q&A・賃貸業務のトラブル事例と対応策(8)

弁護士 瀬川 徹()


Q

契約期間2年のアパートの賃貸借契約の1年目に借主の妻が台所の火の不始末から失火し、賃貸している部屋の一部と隣室の一部が焼け、消防の放水で隣家が水浸しになりました。借主には、どのような責任が生じるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  借主は、貸主との関係では、貸主から善感注意義務違反により賃貸借契約の解除並びに損害賠償請求がされるでしょう。隣室並びに隣家の人との関係では、失火が重過失による場合損害賠償責任が生じます。

    「問題点と知識の確認」

    1.失火の2面性と失火責任法

     借主が部屋で失火し賃貸部屋や隣室を毀損し、隣家に損傷を与えることは、二つの面の問題を生じます。賃貸借契約の当事者である貸主と借主間の問題と一切の契約関係のない借主と隣室者・隣家人との関係です。①貸主・借主間では、借主が部屋を毀損したことが貸主の所有物に対する侵害行為としての不法行為責任(民法709条)の面と借主の部屋の管理の善感注意義務違反という債務不履行(民法415条)の面が考えられます。②借主と隣室者・隣家人への毀損による不法行為責任(民法709条)が考えられます。
     通常、不法行為責任は、加害者の「故意または過失」があれば損害賠償責任が生じます(民法709条)。しかし、「失火」による不法行為の場合は、「失火の責任に関する法律」(失火責任法)により失火者に「重過失」がある時だけ損害賠償責任が生じると制限しています。従って、借主の不法行為責任を考えるには借主の「重過失」の有無が問題になります。なお、失火責任法は、債務不履行責任には適用されません(最判昭和30・3・25)。そのため、貸主・借主間は、債務不履行責任の面からだけ考えればよいでしょう。

    2.貸主・借主間の債務不履行責任の有無

    (1)借主の妻の立場とその失火

     借主は、部屋を賃貸する場合、善良な管理者としての注意義務(善感注意義務)をもって部屋を保管利用し、契約終了時に返還する義務があります。借主が密から失火し部屋を毀損すればこの義務に違反し債務不履行責任が生じます。借主の妻は、賃貸借契約上は、借主の履行補助者で、妻の過失は信義則上借主の故意・過失と同視されます(最判昭和30・4・19)。従って、本件の場合、借主が貸主に対し債務不履行責任を負担します。

    (2)損害賠償責任の範囲

     貸主は、貸主日氏賃貸部分の損害を賠償する必要があります。賃貸部屋の隣室の損傷については、見解が分かれます。賃貸部分と不可分一体の部分に生じた損害については賠償責任を認める見解(東高判昭和40・12・14外多数)と賃貸部分に限る見解(東地判昭和51・3・31)です。多数意見に従えば本件は、隣室の賠償責任も負担するでしょう。

    (3)契約の終了の有無

     本件の部屋の毀損状況が部屋の「滅失」と考えられる場合は、賃貸借の目的物がなくなったので賃貸借契約は当然終了します。賃貸建物が「滅失」したというためには「賃貸借の目的となっている主要な部分が消失して賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否かによって決めるべきであり、それには消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかも斟酌すべきである」(最判昭和42・6・22)としています。滅失になれば、借主は明渡しをしなければなりません。

     一方、一部滅失に過ぎない場合でも、失火という借主の善感注意義務違反が考えられるので、過失の態様・損傷の程度が極めて軽微などの事情がない限り、貸主は、賃貸借契約を解除することができます。この場合も借主は部屋の明渡しが必要です。

    3.借主と隣室者・隣家人との不法行為責任

    (1)重過失の有無

     失火責任法では、借主(含、借主の妻)の隣室者・隣家人に対する不法行為責任の有無は、借主(借主の妻)に「重過失」が存在したか否かにより決まります。「重過失」とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」としています(最判昭和32・7・9)。本件の場合、その点の検証が必要ですが、失火が台所で油をガスにかけたままその場を離れ、油に火が引火したような場合に重過失を認めた例があります(東地昭和51・4・15)。
     失火に重過失を認めることができない場合には、借主(含、その妻)が、隣室者や隣家人らに不法行為責任を負担しません。

    「実務上の留意事項」

    1.賃貸借契約を行う場合、借主が契約上の全ての責任を負担しますが、借主の妻、子どもなど履行補助者とされる者の範囲を当社から明確にすることが大切です。

    2.失火による被害は、全てが借主の負担となるとは限りません。又、借主の負担とされた場合にも支払能力が問題となります。目的物全体に火災保険を付保するなどの対策が重要です。

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