賃貸相談
月刊不動産2022年5月号掲載
賃貸物件の修繕の不備を理由とする減額請求
弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)
Q
ビルの賃貸をしていますが、テナントから、水道管からの漏水と地下水槽から溢水があるので修繕してほしいとの要求がありました。当社としては、対応は無理だと断っていたところ、テナントから、ビルの管理・修繕に不備があるから賃料を減額せよとの請求が届きました。
公租公課や不動産価額が下落したわけでもないのに、このような事情で、賃料減額請求の理由になるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
回答
-
1. 賃貸物件の修繕義務
(1)修繕義務の原則
賃貸人は、賃借人に、賃貸物件を使用および収益させる義務を負いますので(民法601条)、賃貸物件を使用収益するために必要となる修繕をする義務を負っています(民法606条1項)。修繕義務が発生するのは、「修繕が必要になった場合」とされています。最高裁は、修繕が必要である場合とは「使用収益に著しい支障がある場合」であるとして厳格に解しています(最判昭和38年11月28日)。(2)修繕義務に関する特約の効力
ただし、民法606条1項の規定は、いわゆる任意規定ですから、修繕義務について、民法の定める原則と異なる内容で合意することが許容されています。例えば、賃貸物件の修繕について、賃貸人が修繕義務を負う対象と、賃借人が修繕義務を負う対象を区分して、修繕義務を分担する旨の特約を設定すること等も可能とされています。(3)修繕義務を怠った場合
テナントが、賃貸人が修繕義務を怠ったとして賃料の減額請求をしてきたとのことですが、それには賃貸人が当該箇所の修繕義務を負っていたことが前提となります。賃貸借契約書において、当該箇所の修繕義務を負っているのは誰かを確認する必要があります。 -
2. 賃貸人が修繕を怠ったことを理由に、賃借人が賃料の減額を求めることの可否
賃料の減額については、借地借家法32条は賃料減額請求の要件と効果を規定し、改正民法第611条は賃料の減額請求がなされなくとも当然に減額される場合を規定しています。
(1)借地借家法第32条の減額請求権
借地借家法第32条は、賃料減額請求権は「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった」ことを要件としています。修繕義務の不履行はこの規定にはあてはまりません。(2)改正民法第611条
改正民法第611条には、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」と規定しています。
したがって、修繕がなされない結果、賃貸物件の一部が使用収益不能と判断された場合には、賃貸人の責に帰すべき事由があるか否かを問わず、賃料は当然に減額されます。
裁判例では、前記の民法改正前において、賃貸物件に水道管の漏水、地下上下水槽のポンプの不良、冷房用配管の水滴に起因する漏水、地下水槽からの溢水等があり、賃貸人が修繕をしなかった場合に、賃貸物件の効用は少なくとも25%が失われていたとして、賃料の25%の減額を認めたもの(東京地方裁判所平成9年1月31日)、住宅賃貸において、部屋に雨漏りがし、雨天の場合にバケツで受けきれず、畳を上げて洗面器等の容器を並べ、シーツやタオルで天井の雨漏り部分を押さえざるを得ないほどで、押入に入れたふとんが使用不能になったこともあったという事案において、やはり25%の減額を認めたものなどがあります。