賃貸相談
月刊不動産2004年10月号掲載
賃貸借契約の終了と保証金の据置き
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
ビルの賃貸借契約では「保証金は賃貸借契約の終了後10年間の均等分割で1年毎に返還する。」と定めてあるのですが、このような保証金の据置きの特約は有効と考えてよいでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1.保証金の法的性質
我が国の賃貸借契約では、オフィス、店舗等の事業系のものについては保証金が授受されることがほとんどです。しかし、一概に保証金といっても、その法的性質は様々なものがあるといわれています。
保証金の中には、その性質が敷金であるものがあります。敷金は賃貸借契約において賃借人が賃貸人に対して負担する賃料等の債務の担保として交付される金銭ですが、この敷金を保証金という名のもとに交付する場合です。敷金型の保証金の場合には、通常、賃貸借契約において、賃借人に賃料の不払等があった場合には、その不払分を敷金から差し引く旨と、敷金から不払分を差し引かれた場合には、一定期間以内にその不足分を補填しなければならないという条項が設けられています。また、敷金は賃貸借契約上の賃借人の債務を担保する趣旨で交付されるものですから、その額は賃料の6~12ヶ月分程度が一般的であると考えられています。
他方、敷金とは区別される金銭消費賃借である場合があります。賃貸人が賃貸建物を建設する際の建設協力金として交付される場合なども金銭消費貸借の類型と考えられます。
一般的に、賃料の6~12ヶ月分程度の金銭が交付されている場合には、保証金という名称が付せられていても、その法的性質は敷金と考えてよいと思いますが、数十か月分の金銭が交付されている場合には、敷金とは区別された金銭消費貸借か、敷金と金銭消費貸借の両方の性質を兼ね備えたもののいずれかであると判断されることになります。2.賃貸借契約と保証金の返還時期
(1)敷金型保証金の返還時期の原則
敷金は賃貸借契約の存在を前提としており、賃貸借契約上の債務の担保を目的とするものですから、賃貸借契約が終了すれば、敷金ないしは敷金型の保証金は原則として、返還されるべきものと考えられます。
(2)金銭消費貸借契約型保証金の返還時期の原則
これに対し、敷金とは区別された金銭消費貸借の性質を有する保証金は、敷金としての性質を有していない以上、返還時期をそのように定めても自由であると考える考え方もないわけではありません。しかし、こうした金銭消費貸借としての性質を有する保証金も、その多くは無利息とされており、仮に利息が発生する場合でも、一般の金利に比べて、かなり低額の利率が定められているものがほとんどです。その理由は、当事者間に賃貸借契約が存在するからであり、賃貸借契約関係があるからこそ、無利息ないし低率による金銭消費貸借契約が存在し得るということになります。
したがって、賃貸借契約における保証金は、それが敷金としての性質を有するものであれ、金銭消費貸借としての性質を有するものであれ、賃貸借契約と密接な関係にあるものとしてとらえられています。
多くの判例では、金銭消費貸借契約型保証金の場合であって、賃貸借契約に「保証金は○年間据え置き、以後○年間の均等償還とする。」との特約がある場合であっても、賃貸借契約が中途で終了した場合には、特約による据置期間を認めず、賃貸借契約が終了し、賃借人が賃室を明け渡したことにより保証金の返還時期が到来すると判示しています。その多くの場合は、賃貸借契約期間中の合意解除、賃借人による中途解約や賃借人の賃料不払を理由とする解除など、契約期間の途中で賃貸借契約が終了した場合に、明渡しがなされたことによって保証金の返還時期が到来するとしたものです。(3)据置期間の約定が有効と認められる場合
上記の判例は、いずれも、敷金や保証金が賃貸借契約と密接な関係にあることから、契約が終了し、明渡しがなされればその返還時期が到来すると判示したものですが、その多くは「もっとも当事者間において、かような場合においても即時返還を要せず当初約定の返済方法による旨の約定があれば格別であるが本件においては右趣旨の約定は存しない。」との留保をつけています。