賃貸相談
月刊不動産2025年1月号掲載
賃料自動改定特約が存する場合の賃料増減請求の「直近合意賃料」
弁護士 江口 正夫(江口・海谷・池田法律事務所)
Q
当社は貸ビル業を営んでいます。あるテナントにビルを15年間賃貸するにあたり、契約締結日から3年間は賃料○円、その後の3年間の賃料は○円というように、順次3年ごとに増額した賃料について合意しています。
テナントとは契約を3回更新し、賃料も3回目の増額賃料が支払われていましたが、3回目の更新から1年後(契約締結から10年経過後)に、テナントから賃料減額請求がされました。現在の賃料は3回目の更新時に改定されていますので、当然、3回目の更新時を起算時とし、その更新時から賃料減額請求までの経済事情の変動を問題にすると思っていましたが、テナントは10年前の契約締結時から現在までの経済情勢の変動を考慮して減額請求をしています。
賃料改定は、現行賃料が支払われた時からの経済事情の変動を考慮することが当然だと思いますが、いかがでしょうか?
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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賃料増減請求は、直近賃料が合意された時から公租公課の増減、土地建物価格の上昇または低下、その他経済事情の変動等を考慮し、賃料が不相当になった場合に認められるものです。大阪高裁は、賃料自動改定特約がある場合の経済事情等の変更は「増減を求められた額の賃料の授受が開始されたときから増減請求の時までに発生したものに限定すべきことは当然である」としていましたが、最高裁はこの判決を取り消し、直近合意賃料が「授受されたとき」からではなく、直近合意賃料が「合意」されたときからの経済事情の変動を対象とすべきであるとして、当初の賃貸借契約締結時からの経済事情の変動を考慮すべきであるとの判断を示しています(最判平成20年2月29日)。
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建物賃料増減請求に関する 借地借家法の規定
建物の賃料の増減請求について、借地借家法第32条は次のように規定しています。
- 借地借家法第32条1項
- 建物の借賃が、土地若しくは建物 に対する租税その他の負担の増減に より、土地若しくは建物の価格の上 昇若しくは低下その他の経済事情の 変動により、又は近傍同種の建物の 借賃に比較して不相当となったとき は、契約の条件にかかわらず、当事者 は、将来に向かって借賃の額の増減 を請求することができる(以下略)。
この条文は、賃料の増減請求は、土地・建物の公租公課の増減、価格の上昇・低下、その他の経済事情の変動を考慮して決定されることを示したものですが、いつからいつまでの変動を考慮するのかといえば、現在の賃料額が合意された時点(直近賃料合意時点)から、賃料増減請求権の行使時期までであることは明白です。
しかし、賃料の自動改定特約が付されており、○年○月○日から○年○ 月○日までは○円、△年△月△日から△年△月△日までは△円という合意がなされている場合、例えば上記の △年△月△日からの賃料は、いつ合意されたのかについては見解が異なります。
△年△月△日からの賃料は、まさに△年△月△日から授受されているのだから、その△円の賃料が授受された時点が△円の賃料の決定時期だと考える見解もあり得ます。他方、もともと当初の賃貸借契約締結時に、賃料の自動改定特約として合意されているのだから、△円が決まった時期(直近賃料である△円の合意時期)は当 初の賃貸借契約締結時であるとの見解もあり得ます。これについては以下の大阪高裁判決と、これを破棄した最高裁判決があります。
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大阪高裁 平成17年10月25日判決
事案は賃貸借期間を15年間とする建物賃貸借で、15年を、当初の3年間は○円、次の3年間は○円、次の4年間は○円、最後の5年間は○円というように、15年間の賃料についてあらかじめ合意し、テナントはこの合意に従って、上記の各期間ごとにあらかじめ合意された増額賃料を支払っていたところ、一度目の更新期間経過後にテナントが合意していた賃料の減額を請求したというものです。大阪高裁は「事情の変更とは、増減を求められた額の賃料の授受が開始された時から請求の時までに発生したものに限定すべきことは、事の性質上当然である」として、1回目の更新時から増減請求がなされた時点までの経済事情の変更を検討し、賃料が不相当になったとはいえないと判断しました。
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最高裁 平成20年2月29日判決