賃貸相談
月刊不動産2005年12月号掲載
賃借権の譲渡が行われる場合の留意事項
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
賃貸ビルのテナントのA社から、関連会社のB社に当ビルの貸室の賃借権を譲渡したいのだが承諾してもらえるかとの問い合わせがありました。賃借権の譲渡の承諾を求められた場合、法的には何に注意すればよいのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 賃借権の譲渡の法律関係
(1) 民法612条による賃貸人の承諾の必要性
賃貸借契約を締結している場合、賃借人は借家権を自由に第三者に譲渡できるわけではありません。民法612条1項では、賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ借家権を譲渡したり、貸室を転貸することはできないと定められており、同条2項では賃借人がこれに違反して無断で第三者に貸室を使用させた場合には賃貸人は契約を解除できるとされています。(2) 旧賃借人の賃貸借契約関係からの離脱
賃貸人が、賃借権の譲渡を承諾すると、賃借権は旧賃借人から賃借権の譲受人に移転し、以後は賃借権の譲受人が新賃借人となり、賃貸人と譲受人との間で賃貸借契約関係が継続することになります。賃借権を譲渡した旧賃借人はどうなるのかというと、賃貸人が賃借権の譲渡を承諾したことにより、賃貸借契約関係から離脱することになるわけです。したがって、賃貸人が賃借権の譲渡を承諾しようとする場合には、旧賃借人がこれまでの賃貸借契約関係から離脱することになりますので、それで問題がないかを検討することが必要になります。
2. 賃借権の譲渡と敷金・保証金の承継の可否
(1) 賃貸人の地位の移転と敷金の承継
賃貸借契約を締結している貸ビルの建物所有権が譲渡された場合、つまり賃貸人の地位が移転した場合には、判例は、敷金関係は建物の新オーナーに当然に承継されるものと判断しており、学説上も異論のないところです。(2)賃借人の地位の移転と敷金の承継
しかし、これとは逆に賃借権が賃貸人の承諾を得て譲渡された場合に、敷金関係が賃借権の譲受人に承継されるか否かについては、これを肯定する下級審裁判所の裁判例や学説もあるのですが、最高裁判所は、敷金関係は当然には譲受人には承継されないと判示しているので注意が必要です(最高裁昭和53年12月22日判決判例タイムズ377号78頁)。判例は、賃借権の譲渡が行われた場合には、「敷金交付者(旧賃借人)が、賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなどの特段の事情のない限り、右敷金をもって将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となって相当ではなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである」としているのです。
(3) 敷金関係が承継されない場合の問題点
「敷金関係が承継されない」ということは、何を意味しているかといえば、敷金関係は賃貸人と旧賃借人との間のままだということです。しかし、先にも述べたとおり、賃借権の譲渡がなされた以上は旧賃借人は賃貸借契約関係から離脱しますので、敷金関係が新賃借人に承継されない以上は、賃貸人は契約関係から離れる旧賃借人に対して預託を受けていた敷金を返還しなければならないということになるわけです。それでは、新賃借人の賃料債務等の担保はどうするのかといえば、新賃借人から新たに敷金の交付を受けるしかありません。しかし、旧賃借人と同額の敷金の交付を受けられる保証はありません。
3. 賃借権の譲渡を承諾する場合の留意事項
そこで、賃借権の譲渡を承諾する場合には賃貸人は何に留意すべきかですが、賃借権が譲渡された場合に敷金関係が新賃借人に承継されるような措置を講ずる必要があります。
上記の最高裁判例では、旧賃借人が、留保を付けられています(下線部参照)。逆にいえば、賃貸人が賃借権の譲渡を承諾する際に、旧賃借人が新賃借人に敷金返還請求権を譲渡することを賃借権譲渡の承諾の条件としておけば敷金関係は新賃借人に承継されることになるわけです。賃借権の譲渡を承諾する際には、必ず敷金返還請求権を新賃借人に譲渡させることを条件とすることを忘れないように注意することが必要です。