賃貸相談

月刊不動産2010年4月号掲載

賃借人の所在不明と家族の継続居住

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

アパート経営をしていますが、賃借人である夫が家族を残して所在不明となっています。賃料は家族が代わって支払っていますが、このようなケースは賃借権の譲渡として処理すべきなのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.家族が居住するための建物賃貸借契約

     一般的に、家族が賃貸アパートに居住する場合、家族全員が契約当事者となることはなく、例えば夫名義で賃貸借契約書に調印し、妻子が夫とともに居住するという場合が多いと思います。

     この場合の賃貸借契約は、契約当事者である賃借人はあくまで夫であり、妻子は夫が賃借人としての債務を履行する場合の「履行補助者」として位置づけられることになります。

     それでは、契約当事者である夫が賃貸アパートに居住しなくなり、家族は従来通り、そのまま居住を続けているという場合には、どのような法律関係となるのでしょうか。

     夫がアパートに居住しなくなり、家族がそのまま居住を継続するという場合には、いくつかのケースがあり得ます。例えば、夫と妻が離婚し、夫が賃貸アパートから退去し、妻や子供がそのまま居住を継続するというケースと、夫が家族を残して蒸発してしまい、残された妻や子供が従来通り賃貸アパートに居住しているというケースが考えられます。

    2.離婚により夫がアパートから退去し、妻子がアパートに継続して居住している場合

    (1) 賃借人の変更

     判例の考え方は、夫婦が離婚すると、夫と妻は全くの他人となりますので、夫が締結した賃貸借契約のもとで、妻子が履行補助者として居住している関係とみることはできなくなります。

    (2) 借家権の譲渡と賃貸借契約解除の可否

     借家権の譲渡と観念される場合は、法的に見れば、賃貸人がそれを承諾していない場合には、借家権の無断譲渡が行われたということになります。民法612条では、賃借権を無断で譲渡し、第三者に賃借物を使用収益させた場合には、賃貸人は契約を解除できる旨が定められています。しかし、判例では、借家権が無断譲渡された場合に、当該譲渡が当事者間の信頼関係を破壊すると認められず、背信行為とはいえない特段の事由がある場合には、賃貸人は解除ができないものとされています。

     夫と妻が離婚したとはいえ、元々夫婦として当該建物に居住していたのですから、離婚が成立したからといって建物の使用方法には格別の変更はないはずであり、信頼関係を破壊するとは認められないとの結論になる場合がほとんどであると思われます。

    3.夫が妻子を残して蒸発し、妻子がアパートに継続して居住している場合

    (1) 賃貸借の同一性

     夫が蒸発した場合の法律関係をどのようにみるかですが、夫が蒸発したからといって、当然に借家権を放棄する積極的な意思を有していたものとみることは困難であると思います。その場合でも、夫は残された妻子が従来通りアパートの居住を継続することを望んでいるものとみるのが通常の合理的な意思解釈であるということになります。

     したがって、この場合は、夫婦の離婚の場合とは異なり、夫から借家権が残された家族に移転したとみることはできない場合がほとんどだと思われます。この場合には、夫との賃貸借契約関係は継続しており、ただ夫の事実上の不在が継続している場合であると判断することになります。

    (2) 賃借人としての義務の履行

     夫が蒸発した後の賃料の支払ですが、妻子が家族として夫が支払うべき賃料を夫名義で支払うことは社会生活上も一般に行われていることですので、通常の賃料の支払がなされているものと認識することは可能です。仮に、妻が、妻自身の経済的負担で、かつ、妻名義で賃料を支払ったとしても、債務は第三者が弁済することも認められていますので、賃料支払債務の不履行とはなりません。

     残された家族が賃料の支払を怠れば、一般理論に従い、債務不履行を理由に賃貸借契約を解除することになります。

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