賃貸相談

月刊不動産2012年6月号掲載

賃借人による賃貸人の修繕要求の拒否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸建物に重大な損傷が生じたため、賃貸人として入居している賃借人に修繕を行う旨を通知したのですが、賃借人は立入りを拒否しています。どのようにすればよいでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1 賃貸建物の修繕義務

     民法は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」(民法606条)と定めています。つまり、修繕をしないと使用収益に支障を来すような損傷が賃貸建物に発生した場合、その損傷箇所を修繕する義務は、原則として、賃貸人が負っていることになります。

     賃貸人が賃貸建物の修繕をするためには、賃借人の使用部分に立ち入ることが必要になります。賃貸人はあらかじめ、賃借人に対し、賃貸建物に立入り修繕を行うことを通知した上で修繕工事に着手することになりますが、賃借人が賃貸人の修繕を拒否することがあり得ます。賃貸建物を修繕することは賃借人にとってもメリットのあることですから、通常であれば賃借人は賃貸人の修繕を拒む理由はないはずですが、賃借している建物の使用状況を他人に知られたくないとか、他にも賃借人の過失で損傷している箇所があり、それを知られたくないために修繕のための立入りを拒否する等、賃借人側の事情で賃貸人の修繕を拒否することがあります。

    2 賃貸人の修繕の権利

     民法が賃貸人に修繕義務を認めているのは、賃料を収受して建物を賃借人に使用収益させる以上は、契約目的に応じた建物の使用収益が困難となる損傷等については賃貸人が修繕すべきであるということが理由ですが、同時に、賃貸建物に損傷が発生した場合に、これを放置すると、損傷が徐々に拡大して賃貸建物自体の経済的価値が減少するなどの損失を賃貸人が被るおそれがあります。

     このため、賃貸人は修繕義務を負いますが、賃貸物を保存するためにする修繕は、賃貸人の権利でもあると考えられています。したがって、民法は「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。」(民法606条2項)と規定しています。これを賃借人の「修繕認容義務」ということがあります。

    3 賃借人による賃貸人の修繕行為の拒否

     賃貸人が賃貸物を保存するために必要な修繕をしようとするときは、賃借人はこれを拒否することはできないと民法に定められていますが、実際に賃借人が賃貸人の修繕を拒否した場合、どのようにして解決すればよいのでしょうか。

     賃貸人に修繕の権利があるからといって、賃借人が拒否しているのに、強引に賃貸建物の内部に入り込んで修繕を実力行使によって実現することは許されません。このような実力行使は、法的には「自力救済」として禁止されています。自力救済とは、法的な手続を経ることなく、実力で自己の権利を実現することをいいますが、自力救済は違法な行為であるとして禁止されているのです。

     それでは、修繕は賃貸人の権利であるということはどのような手段を用いて実現することができるでしょうか。

    (1) 修繕を拒否した場合の賃貸借契約の解除

     賃借人があくまでも賃貸人の修繕に応じない場合には、賃貸人は建物を保存するのに必要な工事をすることができないことになります。賃貸人が建物の保存に必要な工事すらすることができないという事態は、賃貸借契約を締結した目的が達成できないということを意味します。

     したがって、賃借人の修繕認容義務違反は、賃貸借契約を締結した目的を達成できない場合にあたるものと解され、その結果、賃貸人は、賃借人の修繕認容義務違反を理由として賃貸借契約を解除することができることになります (横浜地判昭和33年11月27日) 。

    (2) 賃借人による修繕拒否を理由とする賃貸借契約の解除が認められる要件

     賃借人が、賃貸人の修繕の必要性を理由とする要請を拒否したからといって、賃貸人は、常に賃貸借契約を解除できるわけではありません。以下の要件が必要とされます。

    ①修繕義務が発生していること

     賃貸人が修繕義務を負っているといっても軽微な不具合についてもそのすべてに修繕義務を負うわけではありません。修繕義務が認められるのは、修繕をしないと契約の目的に応じた使用収益に支障を来すような場合です。その意味では、当該修繕が建物の保存に必要であるということが要件となります。

    ②必要最小限の修繕工事であること

     賃借人は、賃貸借契約に基づく賃貸対象物については本来、排他的に占有使用する権原を有しています。したがって、賃借人の賃貸建物の使用利益を十分に尊重し、賃借人の賃貸建物使用の必要性を配慮した修繕計画に基づく工事内容であることが必要です。

     上記①②の要件を満たしていない場合には、解除権の濫用と判断され、解除が無効とされることになります。

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