法律相談

月刊不動産2003年10月号掲載

買付証明、売渡証明

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

売主と買主から売渡承諾書と買付証明書が共に提出されましたが、契約書作成、手付授受の前に、売主が言を翻し、売渡しを拒み始めました。買主は売買成立に基づく引渡しを請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  売渡承諾書と買付証明書があるだけでは、売買契約は成立していませんので、買主は売主に対して引渡しを請求することはできません。
     売渡承諾書とは、「○○所在の土地○○平方メートルを○○円で平成○年○月○日までに売り渡すことを承諾します」という書類。買付証明書とは、「○○所在の土地○○平方メートルを○○円で平成○年○月○日までに買い受けることを承諾します」という書類です。買主が所有権に買受け希望を伝えたり、売主が売却予定である旨を明らかにしておく場合などに交付されます。
     契約とは、申込みの意思と承諾の意思の合致です。売渡証明書、買付承諾書が提出されていても、どちらか一方だけだったり、また両方が交付されていても、書類上具体的な条件の記載において一致していなければ、契約が成立していないことは明らかです。
     ただ売渡証明書と買付承諾書の両方が交付され、売買代金、支払方法、引渡時期など具体的に同一内容が記載されている場合には、申込みと承諾が合致していますので、契約が成立しているようにもみえます。売買において、書面作成は契約の要件ではありません。一般に多くの場合、契約書がなくても契約の成立が認められます。
     しかし、通常、買付証明書は、買主が売主に対し、他の買受希望者を排除し、自分との間でだけで交渉を行ってほしい旨の意思の表明です。売渡証明書も、売主が買主に対し他の買受希望者を排し誠実な交渉を行う旨を示すために交付されるものです。
     不動産は、個人にとっても会社にとっても重要な財産であり、その得喪には慎重な判断が求められます。しかも契約で取り決める必要のある事項は多種多様です。契約条件の細目が調整されてはじめて契約締結に至るといえます。また、手付けが契約成立を示す重要な指標とされることも取引慣行であり、手付けの授受がないうちは契約が成立していないと考えられています。
     したがって、買付証明書と売渡証明書があっても、売買契約書が作成されず、手付けの授受もないうちは、売買契約は成立していないことになります。
     裁判所も、代金額、取引態様、支払方法、所有権移転時期、引渡時期、質権設定、違約金等の合意ができた段階で、それらの合意事項を記載して売渡承諾書と買付証明書が交付された事案について、売買契約に不可欠な確定的な意思表示がなされたものとは認められないとして、売買契約の成立を否定しています(東京地裁昭和63年2月29日判決、判例タイムズ675号174頁)。売買の基本条件の協議が整って不動産売買仮契約書と題する書面が作成されていても、売買契約は成立していないという裁判例もあります(東京地裁昭和57年2月17日判決、判例タイムズ484号17頁)。
     行政においても、売渡承諾書等は手付金の授受等を伴わない限り契約又は予約に該当しないという通達が出されています(昭和50年1月24日国土利11号、国土庁(現国土交通省)土地局土地利用課長通達)。
     なお、売買契約が成立していなくとも、交渉が契約締結直前にまで進んでいれば、相手方当事者の契約成立に対する期待を侵害しないように誠実に契約成立に努めるべき義務があります。買主は、売主がいったん不動産の売渡しを言明し、契約の準備を進めておきながら、契約直前に後日理由もなく態度を変えたような場合には、契約準備のために支出した実費や借入金利息などについて、損害として賠償請求をすることができます(東京高裁昭和54年11月7日判決、判例タイムズ408号106頁)。

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