賃貸相談

月刊不動産2011年10月号掲載

老朽建物の修繕義務と責任免除特約の効力

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

築後40年の老朽建物をかなりの低家賃で賃貸していますが、修繕義務は貸主・借主のいずれにあるのでしょうか。低家賃なので万一の場合でも損害賠償をしないという特約は有効にできるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.建物の修繕義務

    (1)賃貸人負担の原則

     賃貸建物が老朽化して修繕すべき箇所が発生した場合に、その修繕は、誰が、誰の費用負担において行うのかについて揉めることがあります。

     特に、建物が老朽化していることを前提に相場よりも安価な賃料で賃貸している場合、賃料を安くしているのだから小修繕程度は賃借人の側で負担してほしいと考える貸主は少なくありません。

     しかし、賃料が安価に設定されている場合でも、建物賃貸借契約において、建物の使用収益を行う上で必要となる修繕をする義務は、原則として、賃貸人が負担することになっています。民法は、「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定めているからです(民法606条) 。その趣旨は、賃貸人は、賃貸建物を賃借人に使用収益させることの対価として、賃借人から賃料を収受しているのですから、賃料を請求する以上は賃貸建物を賃借人の使用収益に適する状態にした上で賃貸する義務があるということです。

     賃貸人が、建物が老朽化していることを前提にして賃料額を低めに設定しているといっても、それが使用収益の対価に見合わない額であればともかくとして、賃貸人が賃借人から「使用収益の対価」と呼ぶことのできる金額を受け取っている以上は、この原則に変わりはありません。民法は賃料が高いか、安いかの相違によっては修繕義務の帰属を決めるものとしていないのです。

    (2)賃貸人が修繕義務を負わない場合

    ①賃貸人が修繕義務を負わない旨の特約

     民法の原則に対し、修繕義務を賃貸人が負うのであれば、このような安価な賃料で貸すことは事業採算が合わなくなるという場合もあり得ることと思われます。

     そのような場合には、建物賃貸借契約において、賃貸人が修繕義務を負わない旨を合意することが可能です。民法の「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」という修繕義務に関する規定は、任意規定であるため、これと異なる内容の特約をすることは、真摯かつ任意に合意される場合には有効であると解されているからです。仮に、修繕義務を賃貸人側が負わないことを前提に賃料を安くしているという場合でも、賃料の高低によって修繕義務の帰属が決まるわけではありませんので、その場合には、賃貸借契約に修繕義務を賃貸人が負わない旨の特約を設けることが必要です。

    ②賃借人が修繕義務を負う旨の特約

     賃貸人が修繕義務を負わないだけではなく、賃借人が積極的に修繕義務を負担するという内容の特約は、必ずしも文字どおりの効力が認められるわけではなく、最高裁の判例では、「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の約定は、単に賃貸人が民法に定める修繕義務を負わないとの趣旨にすぎず、賃借人が一切の汚損・破損箇所を自己の費用で修繕し、家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとしています(最判昭和43年1月25日) 。

    2.万一の場合に損害賠償しないことの念書の効力

     賃貸人が建物の修繕義務を負わない旨を合意した後に建物の老朽化が進行し、大地震等の自然災害により賃貸建物が倒壊して入居者に損害が生ずるという場合があり得ます。

     このような場合に備えて、賃貸人が、賃借人に対して、「賃料を低額に設定した老朽化した建物であるため、万一、地震その他の自然災害が発生した場合に建物が倒壊して入居者に損害が発生しても、賃貸人は賃借人に対し一切損害賠償をしない。」との特約を設けた場合に、特約は有効と判断されるかが問題となります。

     消費者契約法が施行される前は、契約は公序良俗違反や強行規定違反ではない限り、原則として、有効と考えられてきました。

     しかし、居住系賃貸借の場合には、賃借人が個人である場合は消費者契約法上の「消費者」に該当することになります。消費者契約法では、事業者の不法行為責任又は債務不履行責任を全部免除する特約は無効とする旨を定めていますので(消費者契約法第8条)、かかる特約の効力は否定される可能性があります。

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