賃貸相談
月刊不動産2024年9月号掲載
経営支援のための賃料減額とその後の増額請求
弁護士 江口 正夫(江口・海谷・池田法律事務所)
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当社は、貸ビル賃貸業を営んでおりますが、テナントのY社が入居する際、本件建物での営業が軌道に乗るまで賃料を減額してもらえないかとの要望を受け、他のテナントの賃料よりも相当低額の賃料で契約をしました。
数年が経過し、テナントの営業も軌道に乗ってきたので、賃料を本来の額に戻すため増額請求をしました。ところが、テナントは「賃料増額請求は経済情勢が上向きに変動している場合に求められるものであるのに、この間、土地建物の価格の上昇はないし、周辺賃料が上昇している状態にないので応じられない」と言ってきました。経済事情が上向きに変動しなければ、賃料の増額は認められないのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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借地借家法第32条は、賃料増減の要因として、公租公課の増減や土地建物価格の上昇もしくは低下等の経済事情の変動を挙げています。しかし、最高裁判所の判決では、サブリース契約における賃料の増減について、「当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべき」としています。これはサブリースの場合に限らず、建物賃貸借一般に適用されると説明されています。以下で裁判例を用いながら解説します。
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借地借家法第32条の 定める要件
建物賃貸借の賃料の増減請求について、借地借家法第32条1項は、『建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃と比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる』と規定しています。
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借地借家法の「経済情勢の変動」 は必須要件か?
最高裁は、サブリース契約の事例において、「当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべき」としています(最判平成15.10.21・判例タイムズ1140号68頁)。サブリースの場合、オーナーが当該賃貸物件を建築した際の建築ローンの返済に支障を来さないか等の事情を考慮して、減額の相当性を判断したものもあります。借地借家法第32条には、「当事者が賃料額決定の要素とした事情」や「ローンの返済に支障を来さないか」などということは規定されていませんが、最高裁判例解説では、建物賃貸借一般にもあてはまるものであると説明されています。
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裁判例
実際に、裁判例においては、公租公課も土地建物価格も特に上昇したという事情のないなかで、貸ビルの特定のテナントの賃料が当該ビルの他のテナントに比較して相当低額になったのは、当該テナントが入居するに当たり、当該ビルでの営業が軌道に乗るまでに時間を要するという諸事情を賃貸人が考慮したためであり、テナントも、その事実は認識できたという事例について、「このような現行賃料額決定の経緯等を考慮すると、本件増額請求は借地借家法32条の要件を充足するものと認めるのが相当である」との判断を示したものがあります。
他方、賃料の増額要因となる経済事情の変動がないこと、賃料改定の際には当該ビルの他のテナントの賃料水準にすることについての一致した認識がなかったことを十分に考慮する必要があるとして、①現行の賃料額が当該建物の経済価値を反映した賃料水準を下回るという理由で、差額配分法※1を重視することは相当ではない、②当該事案の諸事情を総合すると、差額配分法、スライド法※2、利回り法※3の各方式による試算額をほぼ均等に考慮するのが相当である、としたものがあります(大阪高判平成20.4.30・判例タイムズ1287号234頁)。この裁判例からすると、賃貸人が賃料を減額した額で契約する際に、○年後の賃料改定時には当該ビルの他のテナントと同額に改定する旨を伝えていた場合には、そのことが重視される可能性もあるように思われます。
※1 現賃料と適正な新規賃料の間のいずれかを改定賃料とする。
※2 従前の賃料を物価の変動に合わせて変動させる。
※3 従前の賃料を不動産(土地)の価格の変動に合わせて変動させる。ご質問のケースでは、一般のビル賃貸借において、公租公課も土地建物価格も特に上昇したという事情のないなかで、当該ビルでの営業が軌道に乗るまで賃料を減額したことにより「賃料が低い」という事案について、こうした現行賃料額決定の経緯等を考慮すると、増額請求は借地借家法32条の要件を充足するものと認めるのが相当である、とした裁判例があることから、賃料増額が認められる可能性があると思われます。