法律相談
月刊不動産2013年6月号掲載
税制改正と錯誤
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
節税対策として賃貸用アパートを購入したところ、購入後税制改正があり節税の効果が得られなくなってしまいました。改正の方針が出されていたことを知らずに購入していたのですが、錯誤により売買契約が無効だという主張ができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 回答
錯誤無効の主張はできません。
2. 錯誤
①表示行為から推測される意思と表意者の真実の意思に齟そご齬(くい違い)があり、かつ、②表意者がその齟齬に気づいていないことを、錯誤といいます。民法は「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」(95 条本文)と定めています。ここで要素とは重要部分(その点に錯誤がなかったならば、意思表示をしなかったであろうと考えられ、かつ、一般取引通念に照らしても意思表示をしなかったであろうと認められる程度に重要であること)を意味しますので、売買契約は、重要部分に錯誤があれば無効となります。
錯誤無効は表意者以外の第三者は主張することはできないとされています(最高裁昭和40 年9月10 日判決、相対的無効といわれることもある)。また、虚偽表示(94条2項)や詐欺(96 条3項)とは異なり、錯誤による意思表示を前提として新たな法律関係に入った第三者を保護するための定めは設けられていません。
3. 裁判例
税制改正の錯誤無効が争われた事案として、東京地裁平成24 年8月22 日判決が公表されています。
買主Xは、売主Yから、平成2年10 月から平成3年3月にかけて、賃貸用アパート(本件アパート)を購入しました(本件各売買契約)。契約締結当時、所得税法において、賃貸用不動産の賃料収入から必要経費を差し引いた損益について、ほかの所得との通算を行う税制度(本件損益通算制度)が存在し、本件各契約は、Yが本件アパートを一括で借り上げた家賃で売買代金や代金支払のための借入金の利息を賄うとともに、本件損益通算制度を利用して、所得税の負担を抑えることを主な内容として、
節税のための投資商品として販売されていたものでした。しかし、契約の後、個人所得の損益通算について法律改正(本件税制改正)が行われて平成4年分以降の所得については従前の制度は適用されず、結局、Xは、本件各契約の締結時に想定していた本件損益通算制度による節税効果を享受することができなくなってしまいました。なお、平成2年10 月5日開催の税制調査会の土地税制小委員会(本件小委員会)において、ワンルームマンションなどへの投資損益と給与所得とを損益通算する節税策を封じ込めるための課税を強化することで一致し、課税強化策を検討することが決定(本件決定)されていたという事情があります。
Xは、売買契約当時本件決定を知らなかったことが錯誤に該当するとして、本件各売買契約を錯誤によって無効だと主張しましたが、裁判所は次のとおり述べて、この主張を認めませんでした。
『そもそも、一般に、税制については社会の多様な場で多様な議論がされるものであり、当該議論が行われている時点において、実際にその議論に沿った税制改正が行われるかどうかを判断することは容易ではない。そして、本件決定を行った本件小委員会を含む税制調査会は、内閣及び国会から独立した立場で税制について検討して、その結果を内閣総理大臣に諮問するための機関にすぎず、内閣及び国会は、税制調査会の検討結果とは独立して税制改正に関する判断をするものである。
本件決定がされた時点では、内閣がこれに沿った内容の法案を国会に提出するかどうか、提出するとして国会が可決するかどうかは未確定であったというほかない。そうすると、このような事実関係の下では、本件各売買契約時に本件小委員会で本件決定がされたことをXが知らなかったとの一事をもって、Xが本件決定がされたことを知っていれば、実際に本件税制改正がされる可能性が高いなどと考えて、本件各売買契約を締結しなかったであろうと推断することはできず、本件各売買契約の締結についてXに要素の錯誤があったということはできない。』
4. 民法(債権関係)改正の中間試案における錯誤の扱い
法制審議会民法(債権関係)部会が、平成25 年3月11 日、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」を決定しました。この中間試案では、現在、表意者以外の第三者は主張することはできない無効(相対的無効)と扱われている錯誤の効果について、無効ではなく、取り消すことができるものと変更しています。
また、当事者の一方の不実表示(不実告知)によって相手方が錯誤に陥った場合も錯誤として取消し得るものとし、さらには、虚偽表示(94 条2項)や詐欺(96 条3項)と同様に、善意無過失の第三者を保護するための規定をおくという提案もなされています。