相続相談

月刊不動産2022年12月号掲載

相続放棄の注意点

税理士 若林昭子(コンパッソ税理士法人)


Q

 私の父は地方に住んでおり、不動産(アパート)と複数の土地(農地)を持っています。
 私は都心にいるため、不動産の管理から父の面倒まで、実質的にはすべて兄夫婦が行っています。このため、もし相続が発生した場合は「相続放棄」を検討していますが、考慮すべき点は何かありますでしょうか?

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 回答

     相続放棄には2種類の方法があります。勝手な思い込みで相続放棄をしたつもりでも、失敗するというケースは少なくないので、事前に調べて家族間でよく話し合うことが必要です。

  • 相続放棄の種類

     「相続放棄」には、①事実上の相続放棄と②法的な相続放棄があります。
     ①の場合は、相続人という立場はそのままで、相続権は放棄しません。しかし、相続人全員による遺産分割協議に参加して、自分は何も相続しないという意思表示をするものです。
     ②の場合は、法律上の相続放棄の手続きをとって、相続権を放棄するということです。その場合、あなたははじめから相続人にならなかったものとみなされます。したがって、遺産分割協議にも参加しなければ、プラスの財産もマイナスの財産もいっさい承継しません。
    (注)法律上の「相続を放棄した人」とは、相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に家庭裁判所に相続の放棄の申述をした人のことをいいます。相続の放棄の申述をしないで、事実上、相続により財産を取得しなかった人はこれに該当しません(出典:国税庁No.4132 相続人の範囲と法定相続分https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4132_qa.htm

  • 相続放棄の留意点

     留意点として、お父様がお亡くなりになった後で多額の借金があることが判明した場合に、②の場合は、相続人ではなくなっているため関係がありませんが、①の場合は、注意が必要です。
     ①の場合は、遺産分割協議書(図表1)に、たとえ「後日判明した債務については●●●●(お兄様)が承継する」と定めていたとしても、もちろん相続人間でも合意のうえであっても、相続人ではない第三者である債権者に対しては、遺産分割協議書の内容をもって「私には返済義務がない」と主張することはできません。債権者は、各相続人に対し、法定相続分の負担を求めることができるのです。したがって、あなたが遺産分割協議で、いっさい財産を取得しないとして、相続放棄をしたつもりでも、その後に判明したマイナスの財産については、法定相続分に応じて、負担しなければならないことになります。
     そうした場合に備えて、たとえば、相続人のうちの1人にマイナスの財産である借金その他の債務をすべて承継させ、プラスの財産は残りの相続人が相続します。その後、債務を承継した相続人は、自己破産の手続きをして債務の免除を受けます。そして、ほとぼりが冷めた頃にほかの相続人からお金をもらうという約束をしておけば……ということも考えられます。
     以上のことからもわかるように、①事実上の相続放棄では、立場は相続人のままです。相続人か相続人でないかで、債務を被るか、被らないかが変わってきてしまいます。
     もめない相続をするためにも、事前に家族間でよく話し合っておくことをおすすめします。

今回のポイント

●「相続放棄」には、①事実上の相続放棄と②法的な相続放棄がある。
●遺産分割協議で相続人全員が合意した場合、債務を特定の相続人が引き継ぐことができる。
●ただし、相続人間の合意に対外的な効力はなく、債権者から弁済を請求された場合は、本来の相続分に応じた債務を弁済する必要が生じる。
●①の事実上の相続放棄では、立場は相続人のままである。相続人か相続人でないかで、債務を被るか、被らないかが変わってくる。

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