賃貸相談
月刊不動産2004年8月号掲載
相続人に対する賃貸借契約の解除
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
借家人が賃料を半年以上にわたって滞納したため、契約を解除しようとした矢先に借家人が死亡したと聞きました。相続人は4人の子であるとのことですが、解除手続はだれに対してすればよいでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1.借家権の相続性
アパートやマンション等の賃貸借契約をしている場合、借家人としての地位(借家権)は、法的には財産権の一つと見なされます。したがって、借家人が死亡した場合には、借家権は、相続人が相続する対象財産となるわけです。
相続の対象財産であるということは、借家権は、法的にはその賃貸アパートやマンションで同居していた家族だけが引き継ぐというのではなく、同居していない者も含めて、全相続人が各自の相続分に応じて承継することになるというのが原則です。
他方で、賃料の滞納を理由に賃貸借契約を解除するには、借家人に対して、相当期間内に未払賃料を支払うよう催告し、相当期間内に未払賃料の支払がなされなかった場合に賃貸借契約を解除することができるというのが民法上の原則です。
そこで、借家人が賃料を滞納したまま死亡した場合に、だれに対して未払賃料を催告し、だれに対して賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするのか、ということが問題になるわけです。2.相続があった場合の滞納賃料の催告
(1)借家人が死亡する以前の未払賃料の催告
まず、借家人が死亡する以前に既に発生していた滞納賃料がそのように相続人に相続されるかということを見ておきましょう。相続開始までに発生していた未払賃料債務ですが、これは共同相続人が各自の法定相続分に応じて分割されたものを相続します。御質問のケースは4人の子が、各自滞納賃料額の4分の1の支払義務を相続することになります。
これは、相続人間の遺産分割協議の内容に影響されません。例えば、借家人の相続人のうち、同居している子がいるとした場合、その同居していた子が遺産分割協議の結果、単独でこの借家権を相続したとしても、その子一人が滞納賃料全額の支払義務を相続するわけではありません。仮に、4人の子が遺産分割協議で、同居の子が借家権を単独で相続し、滞納賃料も単独でその子が相続すると定めたとしても、賃貸人の同意がない限り、そのような定めは賃貸人に対しては効力は認められません。賃貸人は、相続人である子の各自に対して滞納賃料の4分の1の支払を催告することになります。(2)相続開始後、遺産分割前の賃料の催告
相続開始後、遺産分割協議が成立するまでの間に発生する賃料の債務ですが、この間の賃料については各相続人全員が全額の支払義務を負うことになります。したがって、賃貸人は相続開始後の賃料については、相続人4名のうちだれに対しても全額を請求できることになります。
(3)遺産分割後の賃料の催告
相続人が遺産分割協議を成立させ、4名の子のうちだれか一人が借家権を相続した場合には、借家権を相続した子が以後の賃料支払債務を負担することになります。したがって、その賃料については、借家権を相続した相続人に対して催告することになります。
3.相続があった場合の賃貸借契約解除の意思表示
滞納家賃を上記の支払債務を負担している相続人に対して催告しても、滞納賃料の支払がなされない場合には賃貸借契約を解除する意思表示をすることになります。
ここで、賃貸借契約の意思表示は、「借家人」に対して行うことになりますが、先にご説明したように、借家権は4名の子ということになります。
このように賃貸借契約の当事者が複数の場合には、だれに対して解除通知を発送すればよいのかということですが、民法では、契約の当事者が複数いる場合にはその全員に対して解除の通知をしなければならず、解除通知が一部の者に対してしか行われなかった場合には解除は無効と解されています。この原則を「解除権不可分の原則」といいます(民法544条)。
この原則によって、4人の子全員に対して解除通知がなされますので、解除を望まない相続人は、他の共同相続人が支払わなかった未払賃料分も支払うことにより解除を阻止する機会を与えられるという結果となります。