法律相談
月刊不動産2007年3月号掲載
相続人に対する株式の売渡し請求
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
新しい会社法で、相続の際、株式を後継者に引き継がせることによって、事業承継を可能にする制度ができたと聞きました。どのような制度なのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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平成18年5月施行の会社法により、相続人に対する株式の売渡しの請求の制度が創設されました。この制度を利用すると、相続が発生したときに、会社が相続人に対して、株式の売渡しの請求(以下、売渡し請求)をすることができます。後継者でない相続人(非後継者)に対して株式の売渡し請求をしていったん会社が株主となった後、買い取った株式を後継者となる相続人(後継者)に譲り渡すという手順をとり、相続での株式の散逸を防ぎ、後継者に株式を集中させることが可能になります。
さて不動産会社のオーナー経営者にとって、相続発生時に、株式を後継者に取得させ、事業を円滑に承継させることは、非常に重要な課題です。後継者に株式を取得させるには、株式を相続させる旨の遺言が考えられます。しかし遺言では、ほかの相続人から遺留分の減殺請求がなされ(民法1031条)、うまく株式を引き継がせることができない可能性があります。例えば、長男、二男、三男の3人の子供が相続人であって、長男を後継者としたい場合、全部の株式を長男に相続させるという遺言をしても、二男と三男にはそれぞれ6分の1ずつの遺留分がありますから(同法1028条)、長男が遺言の記載のとおりに株式を取得できるとは限りません。
しかるに今般、株式を承継した相続人に対し、会社から売渡し請求をすることによって、会社経営にふさわしくない相続人を会社から排除し、会社経営にふさわしい相続人に株式を所有させることができる仕組みがつくられました。
まず相続人に対する株式の売渡し請求をするには、株式の売渡し請求ができる旨を定款に定めておく必要があります(会社法176条)。
そして相続が発生して相続人に株式が移転した後、株主総会で株式の売渡しを求める決議を行います(同法175条1項)。決議がなされれば、会社は、株式の売渡しを請求できます(同法176条1項)。株式の売渡し先は会社ですので、非後継者から後継者に対する直接の株式の移転はできませんが、会社が株式を取得し、その後に会社が後継者に譲渡をすれば、結果として株式を非後継者から後継者に移転することができるわけです。
売渡し請求の売買価格は、会社と売渡し請求相手との間の協議によって定められるのが原則です(同法177条1項)。協議がまとまらない場合には、最終的には、売買価格を裁判所に決めて貰うことになります(同条4項)。売買価格決定の申立期間は、請求の日から20日以内であり(同条2項)、裁判所は、会社の資産状態その他一切の事情を考慮して、決定を下します(同条3項)。売買価格の協議が調わないにもかかわらず、期間内に売買価格決定の申立てがなされないときは、相続人に対する売渡し請求の効力は失われます(同条4項)。
売渡し請求ができるのは、相続があったことを知った日から1年間です(同法176条1項)。1年間の売渡請求期間を経過すると、売渡し請求はできなくなります。遺産分割協議には長時間かかるケースがあることを考えれば、1年という期間は、遺産分割を成立させるための十分な長さではなく、売渡請求期間が経過するまでに、遺産分割協議が成立していないこともあり得ます。しかし相続人に対する株式売渡請求権には、株式の共有持分の売渡しが含まれると解釈されています。遺産分割協議が成立していない場合には、株式の共有持分の売渡しを求めることにより、後継者に株式を引き継がせるということになります。
相続人に対する売渡し請求は、相続分に応じた株式の権利を認めた上、会社の資金で株式を買い取る仕組みです。後継者に株式を取得させることができるとともに、非後継者も会社から株式の売却代金を得させるものであり、経済的にみると、相続人間の衡平は保たれているということができます。
この制度を利用するための準備として必要なことは定款の定めだけであり、難しい制度ではありません。相続が開始してから定款を変更することも可能ですし、登記が不要ですから費用もかかりません。
相続人に対する売渡し請求は、利用しやすく柔軟な対応が可能な制度であり、事業承継のために有効な手段になると考えられます。