法律相談
月刊不動産2020年1月号掲載
点検商法
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
無料の床下点検を受けたところ、シロアリがいるから駆除が必要だといわれ、シロアリ駆除契約を締結してしまいました。しかし、実際にはシロアリは棲息しておらず、駆除の必要はありませんでした。シロアリ駆除契約を取り消すことができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 取消しが認められる
シロアリ駆除契約を取り消すことができます。消費者契約法には、重要事項について事実を告げられ、告げられた内容が真実であると誤認して契約をした場合には、契約を取り消すことができると定められています(消費者契約法4条1項1号)。ご質問者は、床下にシロアリがいると誤認して契約をしていますから、シロアリ駆除契約を取り消すことが認められます。
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2. 消費者契約法の概要
(1)取消し事由
消費者と事業者の間には、取引のための情報の質と量や交渉力において、構造的に格差があります。消費者契約法は、この格差に着目し、事業者が消費者を誤認・困惑させるなどした場合には、消費者は契約の申込み・承諾の意思表示を取り消すこと(消費者契約の取消し)ができるものとしています(同法4条)。
消費者契約の取消しが可能となるのは、①から④の場合です。
①不実告知(不実告知の対象は、重要事項)(同条1項1号)
②断定的判断の提供(同条1項2号)
③ 不利益事実の不告知(同条2項)
④ 不退去・退去妨害(同条3項)
⑤過量な分量等を対象とする勧誘(同条4項)(2)不実告知による取消し
このうち、不実告知の取消しについては、「消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認」と定められています(同法4条1項1号)。重要事項に関して不実告知があったことは、消費者契約の取消し事由となります。 -
3. 重要事項の範囲の拡大
ところで、不実告知の対象となる重要事項の意味について、かつては、消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容などと定義されていました(旧消費者契約法4条1項1号)。しかし、この定義によれば、契約締結の動機など、契約内容に含まれない事項は、重要事項には該当しません。たとえば、床下にシロアリがいないのにシロアリがいるとの虚偽の事実を告げてシロアリ駆除契約を締結させた場合には、契約締結の動機に関連して事実と異なる説明があったにすぎず、契約内容に関して嘘を言っているわけではありませんから、不実告知を理由とする消費者契約を取り消すことはできないということになります。
しかし、事業者が契約締結を促すために消費者に対して虚偽の説明をして契約を締結させた場合には、契約内容の説明に嘘はなくても、消費者を救済すべきであると考えられます。
そこで、2016年5月、消費者契約法が改正され、不実告知における重要事項について、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情」をこれに含めるものとする条文が設けられました(同法4条5項3号。施行は2017年6月)。この条文によって、不実告知における重要事項の範囲が広がり、契約の目的物に直接には関係しない事項に関しても、たとえば、「床下にシロアリがいて、このままでは家が危ない」などとの説明を受けて契約を締結した場合にも、契約を取り消すことができるようになりました。 -
4. 点検商法
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5. 消費者契約の全体像を確認することが大切
不動産業者の使命は、消費者が穏やかに生活を営むための住環境の提供にあります。たとえ不動産の賃貸や売買に直接には関係しない問題であっても、住まいに関わる新しい社会の仕組みは十分に理解しておかなければなりません。消費者契約法が改正され、不実告知に関する重要事項の範囲が広がっていることをはじめ、この機会に消費者契約の全体像を確認しておくことが有用だと思います。