法律相談
月刊不動産2007年12月号掲載
殺人事件のあった土地の売買
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
私が購入した土地に関し、かつて土地上にあった建物内で8年前に殺人事件があったことが、購入後に判明しました。このことは、隠れた瑕疵にあたるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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8年前の殺人事件は、隠れた瑕疵にあたります。したがって損害賠償請求が可能です。
売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、損害賠償請求又は契約解除をすることができるとされているところ(民法570条本文、566条)、土地や建物をめぐる嫌悪すべき歴史的背景が、隠れた瑕疵に該当するかどうかが、しばしば問題になります。ことに問題が殺人事件となると、事態は非常に深刻です。地続きの2筆の土地を購入した買主が、そのうちの1筆の土地上に以前存在していた建物で殺人事件があったことを購入後に知ったという事件がありました。殺人事件は約8年半前であり、しかも土地の売買契約時において、建物はすでに撤去されて存在しませんでした。それにもかかわらず、裁判所は、次のように述べて、かつて殺人事件があったことが隠れた瑕疵に該当するものと判断しました(大阪高裁平成18年12月19日判決)。
「売買の目的物に民法570条の瑕疵があるというのは、その目的物が通常保有する性質を欠いていることをいい、目的物に物理的欠陥がある場合だけではなく、目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に起因する心理的欠陥がある場合も含まれるものと解するのが相当である。そして売買における売主の瑕疵担保責任は、売買が有償契約であることを根拠として、物の交換価値ないし利用価値の対価として支払われる代金額との等価性を維持し、当事者間の衡平をはかることにあるから、この制度趣旨からみると、売買の目的物が不動産のような場合、上記後者の場合の事由をもって瑕疵といい得るためには、単に買主において同事由の存する不動産への居住を好まないだけでは足らず、それが通常一般人において、買主の立場に置かれた場合、上記事由があれば、住み心地の良さを欠き、居住の用を適さないと感じることに合理性があると判断される程度に至ったものであることを必要とすると解すべきである。
これを本件についてみると、買主は、売主から、本件土地を等面積に分け、各部分に1棟ずつ合計2棟の建売住宅を建設して販売する目的でこれを買い受けたものであるが、本件土地のうちのほぼ3分の1強の面積に匹敵する土地上にかつて存在していた建物内で、本件売買の約8年以上前に女性が胸を刺されて殺害されるという殺人事件があったいうのであり、本件売買当時建物は取り壊されていて、嫌悪すべき心理的欠陥の対象は具体的な建物の中の一部の空間という特定を離れて、もはや特定できない一空間内におけるものに変容していたとはいえるものの、上記事件は、女性が胸を刺されて殺害されるというもので、病死、事故死、自殺に比べても残虐性が大きく、通常一般人の嫌悪の度合いも相当大きいと考えられること、殺人事件があったことは新聞でも報道されており、本件売買から約8年以上前に発生したものとはいえ、その事件の性質からしても、本件土地付近に多数存在する住宅等の住民の記憶に少なからず残っているものと推測されるし、現に、本件売買後、本件土地を等面積で分けた東側の土地部分(殺人事件が起きた土地側の土地部分)の購入をいったん決めた者が、近所の人から、土地上の建物内で以前殺人事件があったことを聞き及び、気持ち悪がって、その購入を見送っていることなどの事情に照らせば、土地上に新たに建物を建築しようとする者や土地上に新たに建築された建物を購入しようとする者が、建物に居住した場合、殺人があったところに住んでいるとの話題や指摘が人々によってなされ、居住者の耳に届くような状態がつきまとうことも予測され得るのであって、以上によれば、本件売買の目的物である土地には、これらの者が建物を、住み心地が良くなく、居住の用を適さないと感じることに合理性があると認められる程度の、嫌悪すべき心理的欠陥がなお存在するものというべきである。
そうすると本件売買の目的物である土地には民法570条にいう『隠れた瑕疵』があると認められるから、買主は売主に対し、これに基づく損害賠償を請求し得るものというべきである」
なお賠償額は、売買代金額の5%相当額とされています。