賃貸相談

月刊不動産2004年5月号掲載

期限付合意解約の有効性

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

借家契約で、契約更新の際に「1年後には必ず明け渡す」という特約をすることは有効にできるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.借地借家法の基本的な考え方

     本来、契約は当事者の自由な意思の合致により効力を認められるものですから、当事者が任意かつ自由な意思に基づいて合意すれば効力が認められるのが原則です。
     しかし、借地借家法には借家人の居住の安定のための保護規定が定められており、賃貸人はいわゆる正当事由がなければ契約の更新を拒絶できず、解約の申入れも認められないものとされています(正当事由制度、借地借家法28条)。また、当事者が契約の更新をしない場合で正当事由が認められない場合には、賃貸借契約は従前の契約と同一の条件で更新したものとみなされます(法定更新制度、借地借家法26条)。そして、この点が重要なのですが、これらの規定に反する特約で賃借人に不利な特約は無効とする旨が定められています(借地借家法30条)。
     したがって、ご質問の「1年後には必ず明け渡す」という特約は、借地借家法で保護された正当事由、法定更新の内容に反する特約ですから、これが「賃借人に不利な特約」として無効となるかどうかが問題となるわけです。

    2.賃貸借契約と同時にする特約

     仮に、このような特約を賃貸借契約の締結時に合意したとすれば、これは明らかに借地借家法に定める正当事由、法定更新による保護規定を潜脱しようとするものと評価されることになります。したがって、このような特泊は賃貸借契約と同時にする限り効力が認められないことは明らかです。

    3.契約期間中あるいは契約更新時にする特約

     これに対し、契約期間中に一定の事情が発生したことに基づいて、あるいは契約の更新時をきっかけとして本件のような特約をすることがあり得ます。
     これは、法的には1年という期限を付した期限付き合意解約の特約と考えられます。この場合も「賃借人に不利な特約」として無効となるかというと、当事者間の事情によって異なるので一律には考えることができません。
     例えば、このような特約をする前提として、借家人が賃料を相当期間にわたって滞納し、支払のめども立たないため、賃貸人から契約を直ちに解除して明渡しを求める訴訟を提起されたような場合に、訴訟を取り下げ、その代わりに1年間の猶予期間を与える趣旨でこのような特約がなされたとすれば、「賃借人に不利な特約」として無効となるとはいえません。
     この場合には、期限付合意解約の特約は、契約を合意解除した上で1年間の明渡し猶予期間を与える措置と同じ意味を有することになります。
     判例も、期限付合意解約の特約が有効とされる条件として、当事者が契約を解約する意思を有していると認められる客観的かつ合理的な事情が存しており、かかる合意を不当とすべき事情が存しないことをその要件としています。

    4.期限付合意解約が有効と認められる場合

     上記の考え方に従えば、期限付合意解約の特約をする時点で契約の解除が有効とみなされる事情がある場合のように、解約の合意が借地借家法上もやむを得ないと考えられるような場合には、このような特約は有効と解されることになります。
     また、借家人の事情により更新後は一時使用のための賃貸借契約と認められるような場合、例えば、近隣で行う一定の工事期間に限定して、その飯場等のために建物賃貸借が行われるという場合などは、借地借家法の保護規定の潜脱という問題があり得ないので、やはりかかる特約は有効と解されることになります。

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