法律相談

月刊不動産2005年9月号掲載

暴力団事務所の存在と売買の瑕疵

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社は自社の本社兼賃貸マンションを建築するため土地を購入しましたが、購入後、交差点を隔てた対角線の位置に暴力団事務所があることが分かりました。売買契約の解除、あるいは、損害賠償請求をすることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 売買契約の解除はできませんが、損害賠償を請求することはできます。損害額は売買価格の10パーセントから20パーセント程度と考えられます。

     民法には、「売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる」という規定があり(民法566条1項)、この規定を前提とし、目的物に瑕疵のある売買契約について、「売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する」と定められています(同法570条本文)。すなわち瑕疵のため契約の目的不達成の場合は契約解除が可能であり、目的不達成とはいえない場合には契約解除はできず、損害賠償の請求だけが可能となっているわけです。

     瑕疵には、通常有すべき設備が備わっていないなどの客観的物理的な欠陥のみならず、心理的観点からみて完全な使用を妨げられることになるという心理的欠陥も含まれます。土地建物の売買についてみると、土地建物は継続的な生活の場ですから、通常人にとって平穏な生活が乱される居住環境にある場合には、心理的に完全な使用が妨げられるということができます。道路を隔てて暴力団事務所が存在することは、心理的瑕疵に該当します。

     買主が事務所兼賃貸マンションを建築する目的をもって、幅員6mと幅員4mの道路の交差点の角地に存する土地を、9,100万円で購入したけれども、購入後に、交差点を隔てた対角線の位置に、暴力団事務所があることが判明したというケースがあり、裁判所で契約解除と損害賠償請求が争われました(東京地裁平成7年8月29日判決)。売買契約締結に至る交渉の過程では、暴力団事務所の存在に関する説明は行われず、また重要事項説明書にも暴力団事務所に関する記載はなされていません。

     まず、買主は、暴力団事務所の存在のために建築工事を請け負う業者が存在せず、事務所兼賃貸マンション建設の目的を達成できないから契約解除が可能だと主張しましたが、近隣では実際に建物の建築工事が行われていることなどから、裁判所は「土地上の建物建築工事を請け負う業者が存在せず、土地上の事務所兼賃貸マンションを建築することができないことを前提として、契約の目的が達成できないとする主張は採用することはできない」として、契約解除の主張を認めませんでした。

     他方、損害賠償については、「交差点を隔てた対角線の位置に暴力団事務所が存在することが、宅地としての用途に支障を来し、その価値を減ずるであろうことは、社会通念に照らし容易に推測される」「暴力団事務所と交差点を隔てた対角線の位置に所在する土地は、宅地として、通常保有すべき品質・性能を欠いているものといわざるを得ず、暴力団事務所の存在は、土地の瑕疵に当たるというべきである」として、暴力団事務所の存在が売買契約の瑕疵であることを認定し、損害賠償の請求を認めています。

     損害額については、「暴力団事務所の存在によって生じる本件土地の減価割合は20パーセントであるから、本件契約に基づいて原告が被告に支払った売買代金9,100万円の20パーセントに当たる1,820万円というべきである」と判断しています。

     このほか中古マンションの売買に関し、マンションのほかの部屋に新築当初から暴力団員が居住して暴力団組員を多数出入りさせ、夏の祭礼の際には深夜にわたり大騒ぎし、管理室を暴力団員の物置として使用したり、管理費用を長期間にわたって滞納する等の状況になっていた事案において、通常人にとって明らかに住み心地の良さを欠く状態に至っているとして、損害賠償を認めた裁判例もあります(東京地裁平成9年7月7日判決)。この裁判例では、売買代金3,500万円に対し、その10パーセントである350万円の損害賠償の請求が認められています。

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