賃貸相談

月刊不動産2014年1月号掲載

既存アパートの定期借家契約への切替え

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸アパートが老朽化したため5年後に建替えを予定しています。入居者との契約期間を5年間とする定期借家契約に切り替えたいと思っているのですが、切替えをすることは可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 普通借家契約と定期借家契約

     定期借家権は平成12 年3月1日から施行されています。それ以前には、わが国の借家契約といえば、①期間が満了しても貸主側が正当事由を具備しない限り更新を拒絶できないという正当事由制度と、②正当事由を具備していない場合には法律の規定により借家契約が更新されるという法定更新制度を特徴とする普通借家契約しか存在していませんでした。

     したがって、貸主が、賃貸アパートが老朽化したことに伴い、あるいは旧耐震基準によって建設したアパートであることを理由に、5年後にアパートを建て替えたいと希望しても、そのアパートの入居者が普通借家契約により居住している場合には、貸主側に正当事由が認められない限りは、入居者に立ち退きを求めてアパートの建替えを実行することは困難です。

     これに対して、定期借家権とは、更新制度のない借家権ですから、借家契約の期間が満了しても、更新がないため、その定期借家契約は期間の満了と同時に終了することになります。貸主は、期間の満了後にアパートを建て替えることが可能となります。

     そこで、既存の普通借家契約により入居している借家人との契約を定期借家契約に切り替える方法があるのかということが問題となります。

    2.普通借家契約を定期借家契約に切り替える方法

     まず、既存の普通借家契約を、定期借家契約に切り替えるという合意をすることは無効と解されます。なぜなら、借家人は、普通借家契約により、当該アパートに対して借家権を有しています。この借家権は貸主側が正当事由を具備しない限り原則として終了しないという借家人保護が図られていますので、普通借家権が存在している状態でこれを定期借家に切り替えるということはできません。

     それでは、既存の普通借家契約を、貸主と借家人との間で合意解約すれば、どうなるでしょうか。借地借家法により手厚く保護されていた既存の普通借家権は合意解約により終了します。普通借家権が終了した後であれば、もはやその建物には借地借家法が適用される賃貸借は存在していないのですから、定期借家権の設定契約を自由に行うことができるようにも考えられます。

    (1) 事業系建物賃貸借の場合

     法律では、居住用建物以外の賃貸借の場合には、それまでの普通借家契約を合意解約して、同じ借家人と同じ建物について定期借家契約を締結することは自由に行えるものとされています。これは上記に述べた理屈をそのまま適用したものです。普通借家権が終了した以上は、当事者は自由に定期借家契約を締結できるとするものです。

    (2) 居住用建物賃貸借の場合

     その理屈からすれば、居住用建物賃貸借の場合も同様に考えることも可能なはずですが、法律では、定期借家権に関する法律の施行日(平成12 年3月1日)前に契約を締結した居住用建物賃貸借契約は、たとえ当事者間で既存契約を合意解約して、新たに定期借家契約を締結することに合意したとしても、同一の当事者間で、同一の建物について定期借家契約を締結することは当分の間はすることができないとの制限が設けられています。
    当分の間というのは、立法当初は4年程度と考えられていたようですが、現在でもこの制限は撤廃されておりません。

     この切替え制限があることから、居住用建物賃貸借であればすべてが、既存の普通借家契約を合意解約して、同一当事者間で同一建物については定期借家契約を締結することができないと誤解されている方も少なくないようです。

     しかし、居住用建物賃貸借のすべてが、当事者間で合意解約しても定期借家契約を締結することが制限されているわけではありません。上記のとおり、この制限が課せられているのは、定期借家権に関する法律が施行された平成12 年3月1日前に契約を締結した居住用建物賃貸借契約だけなのです。

     したがって、平成12 年3月1日以降に契約をした居住用建物の賃貸借契約については、当事者は、既存の普通借家契約を合意解約し、普通借家契約が終了した後に、同一の当事者間で、同一の建物について、新たに定期借家契約を締結することが現在でも可能なのです。

     ただし、普通借家契約における借家人は、法律上は正当事由を貸主が具備しない限り普通借家契約の更新を請求することができる立場にあるため、合意解約や定期借家契約の締結を強制することはできません。あくまで任意の合意であることが必要です。

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