法律相談

月刊不動産2012年5月号掲載

新たな規制物質による土壌汚染

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

売買契約後、新たに法規制がなされた物質による土壌汚染に関する売主の責任について、最高裁の判断が出ていると聞きました。どのような判断だったのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  売買契約後、新たに法規制がなされた物質による土壌汚染については、瑕疵担保責任を負わないという判断です。売買当時は規制されていなかったのに、契約から10年以上経過した後になって法規制を受けたことを理由として、買主から売主に対し、瑕疵担保責任が問われたケースにおいて、最高裁は、瑕疵には当たらないとして、売主の責任を否定しました(最高裁平成22年6月1日判決)。

    2 事案の概要

     問題となったのは、平成3年に、23億円で購入した東京都内の土地3,600㎡について、平成15年2月に都条例でフッ素が有害物質として規制されたことから、買主が調査を行ったところ、最高で基準値の1,200倍のフッ素が検出されたために、買主から売主に対し、瑕疵担保責任としての損害賠償請求がなされたという事案です。

     東京高裁は「売買契約締結当時、土壌を汚染するものとして当該物質を規制する法令の規定が存在しなかったことを理由に、売買契約は適法であり、民法570条にいう隠れた瑕疵が存在することを否定することはできない」として売主の責任を肯定していました(東京高裁平成20年9月25日判決、『月刊不動産』2009年2月号19頁)。

     この判決の上告審において、最高裁は、高裁判決を覆して次のような判断を下しました。

    3 最高裁の判断

     『売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、売買契約締結当時、取引観念上、フッ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、買主の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、フッ素が、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、売買契約締結後であったというのである。
    そして、売買契約の当事者間において、土地が備えるべき属性として、その土壌に、フッ素が含まれていないことや、売買契約締結当時に有害性が認識されていたか否かにかかわらず、人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。

     そうすると、売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったフッ素について、売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず、土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるフッ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。』

    4 瑕疵担保責任の考え方

     法律上、買った物の瑕疵があっても、買主は、売買代金を支払わなくてはなりません。そのため、売主と買主の衡平を図るべく、瑕疵による損害を売主負担とし、また瑕疵がなければ契約をしなかったであろうケースでは、売買契約の解除ができるとしているのが、売買契約における瑕疵担保責任です(民法570条、566条1項)

     売買の目的物について、その物が通常有するべき性質、性能を備えていない場合に、瑕疵が認められます。この責任は売主に過失があるかどうかを問わない無過失責任であり、売買契約の信用性を確保し、買主を保護するため、非常に重い責任です。前記東京高裁平成20年9月25日判決も、このような重い責任であることを前提に、売却後長期間経過後に法規制されるに至った有害物質についても、瑕疵であることを認め、売主の責任を認めていました。

     しかし、第1審の東京地裁では「売買契約後に法規制で生じた瑕疵まで認めると、売主は永久に責任を負うことになる」として、買主の請求は退けられていましたし、「瑕疵の有無は、売買時の知見や法令を基に判断すべきだ」とする売主側の主張にも、説得力はありました。最高裁は、このような考え方を取り入れて、売主の責任を否定したわけです。

    5 まとめ

     最高裁の判断は、売買契約の時点における取引観念によって瑕疵の判断をするものであって、極めて常識にかなった当然の考えだと思われます。

     もっとも、最高裁が売主の責任を否定したといっても、環境問題に対する社会的な意識が高まりと裁判所の土壌汚染に対する厳しい態度が揺らぐものではありません。宅建業者は、土壌汚染について、十分に理解をした上で、土地取引において、適切な対応を取らなければなりません。

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